昨日と今日にかけて、修士一年生のメンバーで、那須高原に旅行に行ってきた。
なんか、本当、あっという間で、でも、すごく楽しかった(^_^)
さて、今日は、ちょっと、自分の人生の意味みたいなことを書きたくなったから、そういうことわ書こうと思う。
何かの価値を認めて、打ち込むようになるまで時間のかかる自分にとって、音楽や研究という没頭できることの存在というのは、すごく大切だったりする。
ア・プリオリな人生の意味なんてない世の中で、理由がないと向き合えない自分が意味を見出せたことというのが、音楽と研究だった。
自分には、将来、その自分の人生の意味とは無関係な仕事はできないし、できるように無理やり自分を変えるのが良いことだとも思わない。
だから、自分の人生は、音楽と研究に捧げたい。
それが、ヘーゲルの弁証法的労働観だと思う。
ハーバーマスで読んだ知識しかないから、はっきりしたことは言えないけれど。
音楽と研究。
この二つは、私にとっては、自分の生き方やあり方、そういったものを表すツールになっている。
だから、それは、私の生きる意味なんだと思う。
うーでも、言いたいことが全然まとまんない。
ちょっと、更新しなおします(^^;)
おわり。
iPhoneからの投稿
なんか、本当、あっという間で、でも、すごく楽しかった(^_^)
さて、今日は、ちょっと、自分の人生の意味みたいなことを書きたくなったから、そういうことわ書こうと思う。
何かの価値を認めて、打ち込むようになるまで時間のかかる自分にとって、音楽や研究という没頭できることの存在というのは、すごく大切だったりする。
ア・プリオリな人生の意味なんてない世の中で、理由がないと向き合えない自分が意味を見出せたことというのが、音楽と研究だった。
自分には、将来、その自分の人生の意味とは無関係な仕事はできないし、できるように無理やり自分を変えるのが良いことだとも思わない。
だから、自分の人生は、音楽と研究に捧げたい。
それが、ヘーゲルの弁証法的労働観だと思う。
ハーバーマスで読んだ知識しかないから、はっきりしたことは言えないけれど。
音楽と研究。
この二つは、私にとっては、自分の生き方やあり方、そういったものを表すツールになっている。
だから、それは、私の生きる意味なんだと思う。
うーでも、言いたいことが全然まとまんない。
ちょっと、更新しなおします(^^;)
おわり。
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