昔は、フェミニズムってのは、“女性の女性による女性のための学問”だっていう偏見があって、あまり感心が無かったのだけれど、家庭内に正義の原理を組み込むべきだと主張するフェミニズムの正義論というのは偉大だなぁと、最近になって思うようになった。
家族愛みたいなものを信じている人がいるなら、それはそれでよろしい。
多様な善というのは、存分に尊重されるべきなのであるから、そのことには全く異論の余地はない。
ただし、家族愛を「共通善」と認め、画一的な家族像を普遍的な家族像とみなして、“家族の失敗”を考慮に入れないのはおかしい。
だから、家族の中にも正義の原理が入り込む余地があるのだ。
ファシズム共産主義的な自分の家庭から早く離脱したいと考えている私にとって、フェミニズムの家族への正義の原理の適用という主張は、とても共感できるものなのだ。
まあ、絶対的な家族愛みたいなものを信じてる奴とか、盲目的に権威的正義に従属してる奴には、なかなか理解してもらえないんだがな。
承認に根ざした共生への道はまだまだ遠い。
おわり。
iPhoneからの投稿
家族愛みたいなものを信じている人がいるなら、それはそれでよろしい。
多様な善というのは、存分に尊重されるべきなのであるから、そのことには全く異論の余地はない。
ただし、家族愛を「共通善」と認め、画一的な家族像を普遍的な家族像とみなして、“家族の失敗”を考慮に入れないのはおかしい。
だから、家族の中にも正義の原理が入り込む余地があるのだ。
ファシズム共産主義的な自分の家庭から早く離脱したいと考えている私にとって、フェミニズムの家族への正義の原理の適用という主張は、とても共感できるものなのだ。
まあ、絶対的な家族愛みたいなものを信じてる奴とか、盲目的に権威的正義に従属してる奴には、なかなか理解してもらえないんだがな。
承認に根ざした共生への道はまだまだ遠い。
おわり。
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