営業を続けても黒字化もせず、赤字を積み上げる日々は本当に悲惨です。

 
働いても働いても自分の収入に直結しないのです。
 
良い未来など思い描く事すら出来ません。
 
赤字なのに用意していた食材を破棄しなければいけない事もしばしば。
 
自分の生きている意味さえ見失っていきます。
 
「いずれくるであろうニヒリズムの世界を雄々しく生きていける新しい人間」をニーチェは超人という言葉で表現していますが、生き残れる商売人には必要不可欠なスキルだと新田は思います。
 
一旦この様な状況まで追い詰められてしまうと殆どの人は激しく自己否定をしてしまいます。
 
自分がいい気になって他人の相談にのっていた時代に沢山の方々がそーであった様に新田もドン底まで精神的に追い込まれていきました。
 
こーなると無間地獄です。
 
そして、この時期に離婚調停を経て離婚を経験します。
 
離婚が成立した事で全てを清算する決意をします。
 
毎月の返済は20万位あったと思います。
 
安い賃金で朝から夜中まで働いていました。
 
そーするしか返済する道がないと思っていました。
 
脳裏には破産しか浮かびませんでした。
 
そんな時、新田がいい気になって他人の相談に乗っていた時代に共に他人の為に行動していた方に再会します。
 
その方に全てを承知の上で彼が出資する会社で働く事を勧められます。
 
3年間は働く事を条件に当時600万に膨らんでいた借金を肩代わりしてくれました。
 
月々の給料も通常通り支給して頂いていました。
 
何故ここまでして頂けたのか新田にはわかりませんでしたが、後々君は嫌いじゃないとだけ言われました。
 
勿論めーいっぱい自分の持てる力を使って日本中飛び回って働きました!
 
そーして働く内に健全な生活を取り戻し、本来の自分を取り戻していく事になります。
 
 
ニーチェは言います。
忘却はよりよき前進を生むと。
 
そう自分自身にも言い聞かせながら。
 
 
そして、肩代わりして頂いた方に全てのお金を返済し、3年間お世話になった会社を退職します。
 
37歳になっていました。
 
何故かまたあの厳しい飲食業の世界に戻りたい欲求が激しく自分をぐらぐらと揺り動かしていました。
 
しかし、この時は新たな仲間が出来、伝手もあり、飲食業界や美容業界のホームページ作成、動画やフライヤーを使った販促、営業指導や営業代行する事で生活がスタートしており、自らまた0からのリスタートをする勇気をなかなか持つことが出来ませんでした。
 
何より生活は安定しており、毎日が楽で退屈な毎日を過ごしていたのです。
 
続きは その⑬ 自分の道 で書きます。