『上海灯蛾(シャンハイとうが)』上田早夕里著(双葉社)を読みました。
書影は画像のみです。リンクしておりません。
1934年上海。「魔都」と呼ばれるほど繁栄と悪徳を誇ったこの地に成功を夢見て渡ってきた日本人の青年・吾郷(あごう)次郎。彼の許を謎めいた日本人女性が訪ねる。ユキヱと名乗るその女が持ちこんだのは、熱河省産の極上の阿片と芥子の種。次郎は阿片の売買を通じて上海の裏社会を支配する青幇の知己を得て、上海の裏社会に深く踏み入っていく。
栄光か。破滅か。夜に生きる男たちを描いた、上海ピカレスク。
とにかくすべてが面白かった!
以下、内容について触れておりますので、未読の方はご遠慮ください。
兵庫の寒村から都会にでて、ジャズ・バンドとともに神戸港から上海にやってきた次郎は、雑貨屋を営んでいます。そこへユキエとなのる女性があらわれ、阿片軟膏を買ってもらえる人脈を紹介してほしいといいます。彼女は美しく、生来の体質で良い香りを放っていました。次郎は薬屋の老人のつてを通じて青幇の楊直(ヤン・ジー)に阿片売買をとりつぎます。
次郎は楊直に、その頭の良さをみこまれ、太湖での阿片栽培にまきこまれることに。
「儲けが桁外れな分、身の破滅とは隣り合わせだ。だが、危険度の高さが逆に欲望をかきたたえる。男なら誰しも、一度は、こんな賭けに身を投じてみたくなるものだ。危険を冒してでも、金と名誉とあこがれの生活を手に入れたい。」
郭景文(グオ・ジンウエン)という老大(ラオダー)に楊直はつかえています。底辺生活からひろわれた楊直は、かつては彼の殺し屋でした。阿片畑の管理人にふたりは必要ないといわれ、次郎は郭老大の目の前で、もうひとりの管理人候補である何忠夫(ホー・ジョンフー)を殺せと銃を持たされます。しかし次郎は撃てないと、銃を返します。今度は何(ホー)が銃をもたされますが、今自分の命を救ってくれた命の恩人を殺すわけにはいかないと彼はいい、結果、管理人は何(ホー)、次郎は下働きとして田(ティエン)で働くことになります。
命をかけた緊迫の場面…ですが、実際には雑貨屋時代に次郎は同じ型の銃を扱ったことがあり、持った時の軽さから銃弾がはいっていないのではと感じて賭けにでたのでした。次郎の実はこういう計算しているところ、好き。
老大のもとを辞去したあと、何(ホー)を撃たなかった次郎を楊直はほめます。
次郎は大金は欲しいが人としての道理にはそむけないと話します。
「おれは自分の魂が命じるままに生きる。己の理に従って生きる者の魂は自由だ。誰にも行く道を変えられん。」
次郎は黄基龍(ホアン・ジーロン)と中国名を名乗り、中国人として暮らすことになります。育てられた品質の良い阿片は「最(スイ)」と名付けられ、巨万の富を生むようになります。楊直は老大に報告する分とは別に阿片の隠し田をつくり、自身の富を築こうとします。
3年間の阿片栽培も終わり、上海に戻ってきて贅沢な暮らしも味わう次郎。楊直と義兄弟の盃を交わし、楊直から傷のある銀貨と翡翠の珠をうけとり、これは楊直の身内であるあかしだといわれます。
3年間の間にユキエは楊直の家にかくまわれたあと、バイオリンを弾けることをかわれ青幇の三大亨(ダーホン)のひとり、杜月笙(ドゥー・ユニション)のもとに献上されます。
やがて上海事変がおき、楊直の妻子が殺されます。関東軍のしわざ?真相は…。
ユキエのもちだした阿片はもともとどんな来歴のものなのか?
さらに、かつて次郎が上海で命を助けた苦学生の伊沢が、満州で陸軍の学校をでたあと関東軍のスパイとなり、次郎に敵として対峙するようになります。
第二次世界大戦の進行とともに抗日阿片戦が激化し、多くの死者がでます。
上海と阿片のまばゆい灯りにむらがり、死んでいく無数の蛾たち。
魔都・上海。札束がとびかう華やかさと、いつ殺されるかわからない物騒さが共存する街。
人を殺さず口八丁できりぬけたいと思う次郎の軽さと、それとは対照的に、人殺しの過去を背負った楊直(ヤン・ジー)の重さ、ふたりの義兄弟の熱さ。うしろだてもなく、抗日感情の強い中国で、日本人である次郎がのしあがっていく綱渡りの日々。
最後までよみごたえたっぷりの、最高に面白い小説でした。
本作は上海三部作の最終作です。(第一作目は『破滅の王』。)
第二作目の『ヘーゼルの密書』はまだ読んだことがないので、ぜひこれから読んでみたいと思います。