『楽器たちの図書館』キム・ジュンヒョク著(波田野節子/吉原育子訳)クオンを読みました。

 

 

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「新しい韓国の文学」シリーズ第2作としてお届けするのは、NHKラジオ「まいにちハングル講座」応用編テキストとして採用され、書籍化が待望されていた、韓国の人気新鋭作家キム・ジュンヒョクの短編集。言葉と音があふれだす8つの物語をあなたに。

音の世界に魅せられて〈楽器図書館プロジェクト〉をはじめる表題作「楽器たちの図書館」をはじめ、ピアノ、CD、ラップ、DJなどさまざまな音が聴こえてくる短編小説8編を収録。奇抜な想像力とユーモアあふれる作品で、韓国文学界でも独自の存在感を放つキム・ジュンヒョクの、これまでの韓国文学とはひと味もふた味もちがう、新しい感覚のポップな小説世界を味わえます。

 

雑誌『ダ・ヴィンチ』の2023年1月号で「はじめて韓国文学を読むなら、おすすめの本はこれ」と紹介されていたので興味をもって手に取りました。読後感は村上春樹の初期短編や、小川洋子を思わせる音楽をテーマにした短編集。

こういう本、好き!よきよき。

 

これで私の中の「村上春樹を連想させる外国文学」のブックリストは呉明益『歩道橋の魔術師』、アンナ・ツィマの『シブヤで目覚めて』、デイヴィッド・ミッチェルの『ナンバー9ドリーム』につづき、このキム・ジュンヒョクの『楽器たちの図書館』も追加されました。

 

収録作品は以下の通り。

 

『自動ピアノ』

 

映画音楽の作曲家ピート・ジェノベーゼのドキュメンタリーをみて、彼の音楽にひかれていたピアニストの主人公。ピアノメーカーのパルティータで自分が演奏するピアノを複数の中から選んだときに、「今までそのピアノを選んだのはピート氏とあなただけ」とパルティータの人にいわれる。そしてパルティータの人がピート氏に会うだんどりをつけてくれるのだが、ピート氏は現れず、そのかわりにピート氏は電話をくれ、主人公とピート氏は連絡をとる仲となる。ピート氏は「音楽とは消えるもの」という考えがあり、主観をいれずに自動ピアノのように曲を表現する主人公のピアノのことをすばらしいという。「自動ピアノ」といわれた主人公は複雑な心持がするのだが…。

『マニュアルジェネレーション』

さまざまなマニュアルをテーマにした雑誌を担当することになった主人公は、いろいろな人からマニュアルをあつめる。雑誌スポンサーから、今月号にのっていた球体オルゴールのマニュアルをみて、はじめて自分のもっている姉の形見がオルゴールであり、その使用方法がわかったと感謝される。

『ビニール狂時代』

中古レコード店をあさりDJの素材にしている主人公。ある日中古レコードやでいきあったコレクターに、家にきて自分の家のレコードをもっていっていいといわれる。彼の家の地下室にこもり「300枚選んだ」といったら、「たった300枚だと?その中でえらぶべきレコードは1000枚はある。」といわれて地下室に監禁されてしまう。
 
『楽器たちの図書館』
 
会社をやめ、楽器店ではたらくことになった主人公。彼はその楽器店を「いろいろな音を録音して、それをきくことができる楽器の音の図書館」にする。

『ガラスの盾』

「ふたりひとくみで一緒に採用してください」と就職活動をする、男友達のふたり。しかし案の定、採用はいっこうに決まらず。あるメーカーで「自分たちには根気があります」とアピールするために、からまった毛糸をほどくところを見せようと思ったが、ほどけず、5分で部屋を追い出される。ふたりは帰りの電車の中で、「こうやっておちつけば、ほどけるんだよな」と毛糸をほどき、「この毛糸、すごく長くない?」と気づく。そして電車の車両の床に毛糸を伸ばして、車両の長さ利用して毛糸の長さをはかろうとする。それが現代芸術だと動画がアップされて、ふたりはいちやく有名人になる。
 
『僕とB』
 
CDショップでバイトしていたぼくは、CDを万引きしようとしていた学生Bをつかまえて説教し、万引きしようとしていた3枚のCDを置いていかせ、1枚は自腹でおごってやって、家にもちかえらせる。後日、町でギター演奏しているBをみかけ、彼に声をかけたぼくは、その流れでBにギターを教えてもらうことになる。エレキ・ギターをひいているうちにぼくの体に電気がとおり、ぼくは日光アレルギーになってしまい、外にいられなくなる。Bにも同じ症状がでたという。

『無方向バス』

父から連絡があり、しばらくぶりに実家に帰ると、父は「母が失踪した」という。母が残したノートには謎の番号がかかれていた。主人公はそれが家の通りの下にあるバスの停車場をいききしているバスの番号だときづく。停車場に話をききにいくと、ときどき番号のかかれていない無方向バスがあらわれるのだという。そして、母はそれにのって、失踪したらしい。

『拍子っぱずれのD』

高校時代Dは音痴で、合唱にDが加わるのをみんなが嫌がった。20年ぶりにあったDは、音楽の仕事をしていた。彼は「音痴」といわれる人たちを探し、彼・彼女の歌を伴奏なしで歌ってもらい、それを録音しているという。コンサートでその音源を流すのを聞くと、それは不思議な和音だった。
 
どれも日常から少し外れたような情景が描かれた、不思議な読後感がする作品集でした。
ふたりの親友がわちゃわちゃと過ごし、やがてその季節が過ぎ去る予感を感じる青春小説『ガラスの盾』がこの短編集の中では特に好き。