私の通っていた幼稚園は、園児を年がら年中走らせるところでした。

そして、今日この頃みたいに、とにかく寒い寒い冬の日にマラソン大会をするのです。

しかも半袖Tシャツと短パンで(でもタイツは許されてた気がする)。

初めての年、北風が身体を刺すように痛くて、私は泣きながら走りました。

でも走りきりました。

最後の年は、スタートで一斉に走り出したとき、押されたかもつれたかで思いっきりこけました。

私がばたっと倒れたすきに、皆は走り去っていきました。

私は起き上がると、また泣きながら走り出しました。

わーわー泣きながら何人も抜かし、
わーわー泣きながらゴールしました。

抜かれた子の、なんだこいつ?という目がいまだに忘れられません。

おかげさまで、小学校から高校に至るまで、マラソンだけはクラスで3本の指に入っていました。


今の私は、あの頃と同じように、泣きながら走り続けているようです。

つらいからって、痛いからって、そこで立ち止まったり、レースをやめたりしない。

幼いわたしには、なぜだかそういう選択肢がなかった。

泣きながらでも、ただ前へ走り続けた。

昨夜はまた泣きながら、それでも来月再チャレンジする気になっていました。

私は、ここで立ち止まるとか、やめてしまうとか、もともとできない子なんです。

はたから見ると、イタイ子だと思います。

でも私は、泣きながらでも走ってしまうことが当たり前というか、それしかできない気がします。

私にとって、昨日のことはゴールではなく、途中で転んだだけなんだと思います。