プレゼントを選ぶという行為がとても好きで
普段
自分の服だったり、身に着けるものにはまったくお金をかけていなくて
ずっと同じものを使っていたりして
今使っている腕時計も高校の入学祝いに買ってもらったものだなあ
捨てることができないから増やすことをしてはこの狭い部屋が埋まってしまう
それにまだ使えるものをもう使わないなんてもったいないじゃない?
だからなにかを買うときはすごく時間をかける
好きなものならずっと使っていても苦にならない
見方によっては貧乏性かもしれないけど
たとえ物に溢れていても結局使うものって決まってたりするんだ
そんなことは置いといて
普段ケチと言われたり
何十円かの交通費を浮かすために迂回したり
使ったお金を事細かに記してたりするんだけど
大切な人に贈るものを選ぶとき
そこにあるのは直感だけ
だから自分の好みに偏ってしまうこともあるんだけど、おそらく大半はそうなんだけど
電流を感じるまで探し続ける
渡した先の笑顔を思い浮かべながら
けれどふと気づくと
それって自己満足
喜んでくれることで満たされる自分のため
「ありがとう」と言うその笑顔とであいたいため
その「ありがとう」の裏はどうかわからない
けど嫌な顔をされていないから良しとしてしまう
人間って自分勝手な生き物
反論もあるかもしれないから少なくともわたしという人間とすることにしよう
結局は自分の欲を満たすことがすべて
「誰かのため」って「自分のため」と等号で結ばれてる
でもその欲を満たすためには「誰か」への働きかけがないと実現しない
だからその結果の「誰かのため」
その思いがうまい具合にバランスを保って
それで今日も世界は動いている
どの一瞬も止まることなく
平等にかはわからない
平等かどうかなんて人それぞれの縮尺ではかるもの
そのぐらい主観的でもいいんじゃないかな
そうやって自分勝手ながらにも
その人の笑顔を思い描きながら
また電流を探しに出かけるんだ