「適当」の困難さ | ここだけの話。(旧:恋人ができるまでやります。)

ここだけの話。(旧:恋人ができるまでやります。)

2009,10月まで恋人ができるまでやります。と言う題のブログを記載させていただいてました。

改題し、再開いたしました。
友人知人には存在を知らせていないので
ここだけの話。と言う事で。

貰った蕪を、事務長に教わった感じに炒めようとしました。

適当に切った蕪を胡麻油で炒めてしょうゆ、みりん、だしで味付け。


出来そうです。



しかしながら

ざっと炒めてしょうゆ投入の際に
手元が緩んで蕪がひたるくらい大量にしょうゆをフライパンに。


…早速道を誤りました。

とりあえずみりん、だしを入れた後に味を整えよう(薄めよう)と、水を足してしばしぐつぐつ

まるでしょうゆ味の煮物のような見た目

水が全然飛びません。


しかし煮物にしては全力でしょうゆ味且つ胡麻油風味なので
片栗粉でとろませて中華餡掛け風に。


お…おぉ…

真っ黒…



見た目がなんだかグロかったので写真にはできませんでした。名誉に関わります。蕪の。


ごはんにかけたらおいしかったです。


でもなんという料理なのやら
調理が適当すぎです。


実家の母や祖母の料理も「しょうゆこんくらい」「水、大体で」と言う目分量の大雑把な加減なので
キッチリ計る習慣がないのです。
とりあえず美味しくなればよい精神だったのです。


はい、今実家のせいにしました。

思い起こせば毎回味が微妙に違いました。


父に「今回甘い」「今回薄い」と意見されている母や祖母を見ても何も学習しなかった私にも敗因はあります。

兄弟や私が味におおらかなのもそこに原因があると思われます。


そろそろ計る修行をしたいと思います。
買ってから一度も使っていない計量カップが可哀想です。


次こそ!