ぼんやりと | ここだけの話。(旧:恋人ができるまでやります。)

ここだけの話。(旧:恋人ができるまでやります。)

2009,10月まで恋人ができるまでやります。と言う題のブログを記載させていただいてました。

改題し、再開いたしました。
友人知人には存在を知らせていないので
ここだけの話。と言う事で。

私は多分結構ぞんざいに日々を送っていると思います。

一人で家にいると諾々と時間に流されるままです。



東京大空襲の特番や戦争関連のものを見ると、せっかく平和に生きているのだし少しは丁寧に日々を送りたいと思うのですが


「丁寧に生きる」というのはどういう事でしょう。


その日やるべき事をしっかりやりきるという事でしょうか。
したい事をして心にゆとりを持つという事でしょうか。
または他の意図でしょうか。

「丁寧」を辞書で引いてみました。


①礼儀正しいこと。
②注意深いこと。


辞書によって違うかもしれませんが、参考程度なのでとりあえずこれを元に考えてみます。


「礼儀」も次いで引いてみました。


その社会に定まった交際上の行動や作法。

と、ありました。

交際上とついている通り、礼儀は人同士において作用するものだと思うので
一人で家に居るにあたって直接関係ないようなので一旦置いておきます。


二番目の注意深く、という事に重点を置くとしたら
確かに今の生活は散漫であると言えるので、慎重にすべきとは思いますし
勢いだけで失敗する事がわりとあるのでよく考えて注意をすべきとも思います。

納得がいくといえばいくのですが
本来の「丁寧」というイメージより若干の薄さを感じます。


なので一旦置いといた礼儀を無理矢理当てはめてみようと思います。

人ではなく物や作業に礼儀を尽くしてみるとしましょう。

例えば「ペンを出しっぱなしでは本来あるべき場所ではなく失礼なので片付ける」
とか
「流し台が汚ないのは流し台にとって不本意なのできれいにする」
等。

さすがに無理矢理でした。

かなり強引な挙げ句に物や家具がそう思うかどうかは全く無視です。

確かにそう考えれば作業やその他の水準が高くなりそうな気がしますが
いちいちそこまで考えていたのでは面倒です。
正直持ちません。
人にすら礼儀を尽くしているか疑問なのに。

しかし日本は古来より物に魂が宿るという考え方を持つ国です。
今でこそ薄れてはいますが針供養などもある事から基本的に日常使う物に敬意を払う文化を持つのです。

魂云々に関しては全幅をおいて賛同する訳ではありませんが物を大切にするという事が「物に対する礼儀」ひいては「丁寧」というカテゴリに入るのなら
ある程度そういう感覚は必要なのかもしれません。


なんだか長くなっているので(下手をするとまだ長くしそうなので)このへんで結論(持論)をつけてみます。


・物を大切にする。

・物事を慎重に行う。


以上を自分の中における「丁寧」という事にして生活してみようと思います。
もっとたくさんありそうですけどとりあえず!


こんなに長くしといて結局こんなですいません。


そうしてる間に掃除とかしといた方が確実に建設的なんですけどね。

押し入れ整理で着ない服選別をしていたら途方に暮れたので現実逃避しました。

着ない服選別ってもう物を大切にしてないみたいです。


…友達にあげます。