ふと、切なさがギュッと押し寄せて来た時
職場だったり外だったり、誰かと一緒であれば、涙は我慢ができます。
その反動か、一人の時にそんな気持ちに襲われると耐えきれません。
心は脳と胸どちらにあるのか?と言う話があるというのを聞いた事があります。
その質問を聞くまで心は胸にあるものだと思っていました。漠然とはしていますが常識だと思っていたのです。
確かに胸は、何かを思い出す度よくキュッとします。
それは現実的に考えれば脳から何かしらの指示が出て胸がキュッと反応したのだと思います。
だから心は脳なのか、と問われると少し違うような気がします。
胸がキュッとするのは、その事柄が自分にとって特別な出来事であると認識するのに重要な動作でもあります。
そう考えると
過去の思い出(事象等)→脳の信号→胸の動作→脳に再認識させる。
と言う相互作用の図式にはならないでしょうか。
脳が先にきてはいるものの、物事を強く脳に残すには胸の動作はなくてはならないように思います。
心頭滅却すれば火もまた涼し
という言葉があります。
心頭とは「心のある頭」という意味なのか「心と頭」という二つそれぞれを別とした意味を持つのか
その言葉が放たれた当時は脳の信号などは解明されていないはずです。
ではやはり「心と頭」という個別の意味合いになると考えられます。
心は頭にはなかったのです。
胸、という単語は出てきませんがこの場合心と名の付く体の一部、すなわち「心臓」と考えるのが妥当かと思います。
しかし「心頭」と繋げているからには両者に大きく関わりがあると認識されていたからでしょう。
心は胸にあり、頭にも繋がっているのです。
ときめいたり、緊張したりすると手足がうまく動かなくなったりします。
声が震えたりします。
涙が出たり、お腹が痛くなったりします。
統べからく脳からの信号だとしても体の部位各々の器官が正常な動きをしないというのは脳本来の意図を妨げている何かがあるからだと思います。
以上を踏まえて自分なりの結論を出すとしますと、
心というのは脳とは別物だが繋がっていて、体全体に存在する
という事になります。
強引ですね。
逃避のために違う事を考えようとしてあまり役に立たないであろうよくわからない持論に至ってしまいました。
長い。
行き当たりばったり感も否めないですしなにより乙女度は格段に下がっていると思われます。
ところで、東枕で寝るとよい出会いが来るそうです。
風水か何かで昔見たのを思い出しました。
そういえばふられた人に出会った頃、我が家は東枕でした。
よい出会いだったかどうかはともかく。
さっそく西枕から真逆に変更しました。
テレビが見えにくくなりましたが、なんとかなりそうです。
むしろ落ち着く気がします。
ではおやすみなさい。