心地良いときもあれば、うるせぇ!ってこともありますね。
私は以前トロンボーンで生活をして行こうと考え、それこそ鬼のように練習をした頃が
あります。
色々な演奏会への出演回数だけ数えたら千回くらい・・・いや、それ以上になるかも。
以前のブログで写真も載せ記事も書いたYAMAHAカスタムハンドメイドを愛用していました。
この頃のYAMAHAはまだ一本一本職人さんが黄銅と錫を調合し、手造りだったんですよね。
ですからシリアルも1,000番台。骨董品でもあり、表面のラッカーは剥げて来てはいますが
30年近く経った今でも見事な響きを奏でてくれます。一生手放せない逸品だと感じています。
未だに石突きやツバ抜きのゴムやスプリング・コルクに漏れが無いってのは素晴らしいのを
通り越して驚きを感じてしまいます。
さて、それだけトロンボーンと言う楽器に思い入れのある自分が何故現役を引退してしまった
のでしょう?
60を過ぎても現役のプレーヤーはたくさん過ぎるほどいますし、現に旧友は楽器こそ違え、
今だ現役プレイヤーです。
プロの音楽の世界に少しでも身を置いた方ならご存知かと思いますが、ひたすら実力と才能
と少しの「運」の世界です。
もっともこれは音楽に限らず、プロアーティスト誰もが感じる宿命みたいなものですかね。
「オレの真似を出来るものならやってみろ」「オレのテクにオマエは敵うのか?」
現役のとき、この気持ちは一時も忘れることなく、また真似を出来ないよう、狂ったように
練習をしました。今考えても凄いパワーだったなぁと思います

それと同時に「もし越えられたらどうしよう」「アイツはもうオレを超えたんじゃないか?」
と常に恐れてもいました。
でも男として、プロプレイヤーとしてのプライドがあります。
絶対に真似の出来ないよう、また、出来るものならやってみろという信念の元で色々と試行錯誤
し、また研鑽も怠りませんでした。
そんなある日、とんでもなく凄いプレイヤーが目の前に現れました。こいつ天才か?みたいな。
音の暖かさで完璧に超えられ、また私には到底無理なハイトーンリップスラーを平然とやって
のけるのです。
そしてまた次にバークリー帰りの凄いプレイヤーが現れました。スケールについては誰にも
負けないくらい勉強しソロも完璧だったつもりの自分だったのですが、そのプレイヤーはブルー
ノートスケールを平然とスケールアウトしながら音を造ってしまうのです。しかもハートが
ある。でも少しもいきがったところがない。
ここで私は感じました。「俺には音楽の世界では超えられない壁がある」
その頃、丁度良くそれなりの企業への就職の話しが有り、またいずれは実家に帰る身でも
あるため、プロ音楽家の断念を決意しました。そりゃ悩みましたけどね。
その決定的なことは、他人を見て勝手にライバル視をしてばかりで自分をもっと磨くことが
出来なかった自分に気付いたから。いや、出来なかったのかな。
そうすれば結果はかなり違ったものになっていただろうと今でも強く思います。
自分をもっと見つめ、自分を高めることだけを考えていれば良かったのです。他人は関係
ない。もう一歩自分の世界に入るべきだったのに、それが出来なかった。技術面ではともかく
精神面でプロになりきれなかった。
でも音楽やトロンボーンは私の生き甲斐であり、心の支えでもあることに何の変化も
ありません。
その後地元に戻ったら自慢ではなく、それはもう地元のバンドから引っ張りだこでした。
吹奏楽団を立ち上げ、Big band JAZZメンバーとなり、コンボを組み、ラテンバンドもやり
終には何と地元ウィンドオーケストラの創立メンバーの1人にもなっていました(笑)
そんな現在ですが、今でも自分の心の中に強く残っている言葉があります。
「俺の真似を出来るものならやってみな」「自分が上手くなるにはどうすれば良いのか」
地元の音楽好きな仲間と楽しく演奏をしていますが、アマチュアの世界しか知らない人には
到底真似の出来ない息の使い方、リップスラー、スケールの使い方。余裕ですよぉ(笑)
そんな訳で今は後進の指導や、たまのトラ演奏を仕事の合間に楽しんでいます。
それに飽き足らず写真も趣味で楽しんでます

次回は偉そうですが、アマチュアの方へのアドバイスを少々したいと考えています。
