1.プロローグ
2.本郷勉について
3.山下可奈子について
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付き合うことになってから、しばらくすると、僕が彼女の部屋に入り浸るようになった。
仕事はモバイルパソコンとネット環境があれば、どこでもできたし、もともと持ち物がほとんどない生活をしていたので、同棲には全く問題がなかった。唯一のあった問題は雑種のオス猫との共存だった。
猫は名前を三太郎と言った。三毛猫だったからと可奈子は言った。そうか、黒、白、茶の3色だから三毛猫だったのかと、僕はこの時初めて知った。35過ぎて初めて知ることもあるのだと、軽く感心したのもつかの間、三太郎と僕の、可奈子をめぐる戦いの日々が始まった。
これも知らなかったことだが、猫は自由な動物と言う。まぁ、もともと動物は日本国憲法に則って生きているわけではないのだから、人間から自由だと言われるのも迷惑な話だろうが、可奈子が、そこが猫の好きなところと聞いたのだからそうなのだろう。ちなみに僕が知っている動物といえば、子供のころ実家の隣家で飼っていた白いバカ犬で、バカらしくよだれをたらして汚い口をいっぱいに開けて、物売りを始め、自転車で買い物にいく近所のおばさん、登下校中の小学生、パトロール中の警官、ゴミ収集車など、つまり目の前を通り過ぎるもの全てに対して、力の限り吠えまくっていた。あまりに長く吠え続けていると屋内から金の太いネックレスをした飼い主が現れ、犬に言っても仕方ないだろう乱暴な言葉で罵った後、これを思いっきり何度も足蹴にした。最初は反抗するそぶりを見せるも、すぐにきゃんきゃんと鳴いて逃げ惑う犬の姿は、幼かった僕に動物愛護の精神を持たせることはなかった。そのせいか動物園にはさほど興味もなかったし、遠足以外で行く用事もなかった。しかし猫は、いやその他の猫は知らないから、三太郎は、バカ犬のようには吠えなかった。
僕が可奈子の家に初めて行った時のことだ。三太郎は音もなく、奥からしゅたたっとあらわれ、僕がいないかのような顔をして彼女に甘え出した。首をなでられて上機嫌(らしい)な様子のまま、僕から距離を取り彼女のまわりでくつろぎ出した。2人が会話をしている間、三太郎は何かを警戒していたが、しかし僕には一瞥もくれず、我が物顔で室内を歩きまわり、餌を食べ、水を飲み、そして彼女の膝で丸くなった。
可奈子が夕食を作るので台所に立っている間、三太郎は猫用のクッションで丸くなっていたが、さすがに何も爪痕を残さずには帰れないと、コミュニケーションを図ろうとした僕は、棒に羽根をつけた猫のおもちゃを手に取り、可奈子がそうするように振ってみたが、一瞬こちらを見ただけであとは知らんぷり。おいおい、待てよ。何がそんなに気に入らないんだよ。あぁそうか、僕の動かし方が気に入らないんだな、とネズミを模した動きに変えてみた。すると、床とおもちゃの摩擦でカサカサカサッと音が鳴った。よそ見を決め込んでいた三太郎は、この瞬間目を大きく開き、耳をそばだて、体をかがめ込んだ。これ幸いと僕はさらに動きを加速させた。三太郎はかがんだまま尻を振りだした。
カサカサッ、カサカサッ、カサカサカサカサッ!
次の瞬間、クッションを蹴り上げた三太郎はおもちゃの羽根に向かって猛然とダッシュし、追いかけ、ハシハシと噛みつき、ごろんと転がってバシュバシュとキックし出した。
僕の頭の中でファンファーレが高らかに鳴り響いたのと同時に、可奈子の「カレーできたよ」の声が聞こえた。
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