私も
長年

「私のこと理解してよ!」
「もっと、察してよ!」って

思っていたのだけれど。w



数秘術に出会って

なんで、私、そう思うんだろう?

って自分を見ていくうちに


受講生のみんなと

講座を進めていくうちに


『あ!私はわたしでしかコントロールできないから
誰かに完全に理解されたらあかんねんな』ってことが

ものすごくしっくり腑に落ちる瞬間がありました、講座中に。笑




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講座で使う図(painted by たけちゃん

これを見てもらったらわかるんだけど


わたしという人間は

私という車に乗って進んでいる。



運転者はわたし

なんだけど。



ほら、いきなりわたしが運転できないわけですよ。

だって、どこをどう進んだらわかんないし、
何を隠そう、運転の仕方がわからない。笑



なので、ざっくり言うと


わたしの代わりに運転席に座って

運転してくれるのが、両親なわけです。




安心

わたしは乗ってるだけでいい。

快適だー

って、助手席にいるわたし




でも、あるとき気づいちゃうんだ。


「あれ?ここどこ?」

「わたし、こんなとこ来たかったっけ?」

「なんでわたし、こんなとこ連れてこられてるんやろ?」ってね。




『わたし、こんなとこ来たくなかったー!』
(のに、どうして来ちゃったんだろう?)

ここから、わたしは私に向き合います。


両親には任せられない。笑

運転できる自信ないけど  笑
しぶしぶ
運転席に座ります。




運転に慣れてないから、とろとろ進む。

うしろの人に迷惑かける。

ガードレールに、ぶつかったりする。



たっくさん傷つきながら

でも  

わたしは私を運転していく。




それが

わたしにとっては数秘術であり

わたしを生きる道しるべなわけです。



わたしもさんざん思ったよ。

「誰か、わたしのことわかってよ」
「誰も、わたしのことわかってくれない」



でも、そんなの当たり前。

わたしが私を理解せずして

一体誰が車を運転するんだろう?

だれの人生なんだろう?



それすら、

わたしが私で生きるために必須な

プロセスなのです。




両親は、そこに行くまでのわたしを担ってくれた。


バカヤローではなく、むしろ

ありがとう、なのです。




そんなことを

すこしでも、思い始められたとき



あなたは
あなたの人生を生きるスタートラインに立つ。



わたしの中にある
どれだけ蓋をしても決して消えることはない


『わたしはすごい(はず)』


というエネルギーを

今度こそ、解禁していくことになる。




楽しみだよね♪( ´▽`)