「ズズッ、ズズズズ〜」

 23時。警視庁公安部刑事、柳田和弘はラーメンを啜っていた。


 鶏白湯。普段はあまり食べないが、相手の指定だった。先に到着し、食券を買い、奥の席に陣取る。

 目の前の厨房で寸胴から湯気が上がっている。23時だというのにサラリーマンが席を埋めつくしている。

 

 丼が着丼した。



「これはまごうことなき鶏白湯だ。濃そうだ」

 柳田は感嘆した。



 柳田はレンゲでスープを掬いとる。これはこれは凄い脂だ。

 ズズッ、ズズズズ〜。

 ふお、やはり濃い。深夜にこの濃さと塩気は中毒になる。

 周りのサラリーメンズが幸せそうに啜っている。

「これが日本の原風景だよ明智くん…」

 柳田は独りごちた。


「さてと、麺は…」



 細ストレート麺。嫌いじゃないな。

   柳田は勢い良くかき込んだ。

 これは悪くない。濃い鶏ガラスープに細麺が良く合う。なんとも言えない背徳感。

 チャーシューもバラ肉で脂まみれ。これはやばいな。柳田は再び麺を啜り、ゲホゲホッと咽せた。


「大丈夫か?、そんなんじゃ迅速な対応がらできなくなるぞ」

 隣に目つきの鋭いスーツを着た男が座る。だが柳田は目線を合わさず丼に集中する。

「うるさい。俺はキリッとした醤油派なんだ。普段は鶏白湯など食べないんだ」

「ほう、それは新たな味を開拓できて良かったな」

「口の減らない奴だ」

 隣に座った男は食券をカウンターの上に置く。


「で、要件は?」

「セルゲイ・ニタヤフ」

 男は黙り込む。

「どうした?」

「厄介な名前だ」


「はい、お待ち」

 男の前に同じ鶏白湯ラーメンとミニ鰻丼が置かれた。


「まじか!」

「ここは、鰻もうまいんだよ」

「太るぞ!」

「今更だろう。この時間で鶏白湯を食うなら同じだ」

「違いない」

 柳田はニヤリと笑った。


 ズルズルッ、ズルズルッ🎶


 二人は無言でラーメンを啜る。


 柳田は額にじんわり汗をかいてきた。


「レンズを何に応用しようというのかはわかっていない。しかし、考えたことのない兵器を作るかもしれない。しかし、それにはどうやら山王の極薄レンズの技術が必要らしい」

「なるほど」

「ピアニストは?」

「白だな。名が売れすぎた」

「犬飼」

「わからんが、事務系社員に知れる技術ではない」


 柳田はスープを啜る。男は鰻丼を食べ始める。

「貝塚」

「そこは繋がらなかった。レンズの教授で犬飼の友人。そこまでだ」

 もう調べていたか。さすがだ。

「時間がかかるだろう。しかし、本人につくのは辞めた方がいい。大使館員であり、迂闊に手が出せない」

「そこはうまくやるさ」

「元KGBでもか?」

「…」

 柳田は黙り込んだ。

「この段階では危険だ。簡単に消されるぞ」

 男は柳田を真面目な目で見つめた。

「むぅ。わかった。証拠もないのでな。そもそも動けない」

「直当たりするには相手が悪い。辞めとけ。辞めておいてもらはないとこちらも困る」

「既に行確ということか」

「外事に任せろ」

 柳田は黙り込む。男は鰻丼も食べ終わった。

「じゃあな」

 男はスッと立ち上がると店を出ていく。柳田はまだレンゲでスープを飲んでいた。


「鰻丼ミニ、こちらも頼む」

 男が店を出ていくと、柳田は追加で奴の食べていた鰻丼を注文した。


 少し腹が立っていた。完全に手詰まった。久しぶりの大物だと思ったが、大物過ぎたようだった。


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らぁ麺 善治 新橋店
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