こんにちは。

アプリのAmebaでチェックリストが全然見れなくてご無沙汰してました。

 

多分忘れられていると思うのでちょっと自己紹介します。

 

会社と合わなくて精神を病んでいって、休職したのが8月末。

(→こちらにまとめがあります

 

退職手続きで色々あって、全て片付いたのが10月末。

この頃はかなり人生に絶望してましたし、貯金も1ケタになりましたが…

11月末に専門学校に入って、Webデザインの勉強を始めました。

 

3月から卒業制作にすべてを費やす日々を送っていたら

退職から半年経った記事を書いてからもう1ヶ月も経ってましたよ~。

 

この二ヶ月は、スマートフォン対応ページを作成してました。

渾身の力作です。

講評会でもかなり褒めていただきました!やったね!

 

おかげさまで良いものができました。

将来はフリーランスになると決めたので、これからは実績を積んでいこうと思います!

 

 

精神面で見ると、

 

半年前の状況は…

 

「とりあえず生きている。とりあえず死のうとはしてない。やる気もない。気力もない。疲れているとネガティブの蓋が開く」

 

って日記に書いてありました。

 

(半年前の10月末頃は、ようやく地獄だった退職手続きの後始末が全部終わって、荷物を送ってもらうのもやっと終わった頃です。)

 

 

今は、生きるとか死ぬとかあまり考えなくなりました。

 

抑うつ状態になって休職して退職するという出来事を経て、

長らく我慢していた親との対決をし…

 

結果として家族の理解を得られて、

とりあえず生きることは心配しなくても大丈夫だと思えるようになりました。

 

それからも色々ノートに吐き出したりして、

自分の本心は?この恨みの源は?代替ではなく本当の感情は?

などなど考えることで、背負ってきた変な重いものを手放して身軽になれたと思います。

 

 

あと、この専門通いを通してとても重要なことがいくつかわかりました。

 

 

1.上の人に○×もらう業態が向いてない

 

私はもともと、枠にはまって生きる性格じゃなかったってことでした。

 

作ったものを上の人に○か×か判断してもらって先に進むような道が、そもそも向いてませんでした。

 

性格に加えて、自立性・自発的・積極性を尊ぶ環境で徹底的に育ったので、

いわゆる「上の人にハンコをもらわないといけない仕事」が向いてないのも当たり前だったんですね…

 

作るものが、どんなに自分でも最善で顧客も最高だと思っても、

上の人の感性で○×になるようなものは向いてなかったのです。

 

塾講師しているときは、上司に恵まれていたので、

顧客を直接任せてもらえて、親御さんも生徒さんも私を信頼して通ってくれていました。

○も×も親御さんや生徒さんの声が優先になるので、上の人の感性は三番目でした。

 

大学院では、厳しい指導教授にハンコもらえなかったら論文集にまず提出できなかった。

ぜんぜん違う研究会ではお直し1箇所もなくすんなり通ることもあるのに、やっぱハンコ押す人次第になっちゃうのが怖かった。

 

上の人に×にされるのではないかという恐怖で過敏になり、疲れてしまうみたいでした。

 

この気付きは、今後の生き方に活かしていこうと思います。

 

みなさんも、あったりしませんか、自分の中での上の人とのベストな関係。

 

2.「優しい先生に習いたい」と思っていた理由がわかった。

 

昔、私は、厳しくてスゴイ人に習えば成長できると思っていました。

まあ、確かに成長できたでしょう。怖かったし。

 

怖すぎて、次は優しい先生に習いたいと思うようになりました。

 

でも本当は、習いたいのではなくて、優しい先生に自分が作ったものを認めてもらいたかった。

 

それだけだったのです。

 

優しい先生は、その人の条件に合わせて最低基準を設けて、弱点は最低基準を満たせる程度のゆるい指導をします。

 

でも、厳しい先生は、自分の成功体験や確立した成功法則を弟子にもみっちり叩き込もうとします。

そして、厳しい自分の基準の中に収まっていないと容赦なく×にします。

 

その厳しい自己基準は、相手の経歴や年数など関係なく、自分と同じ基準です。

二十年三十年やったベテランの自分と、新米を同じ秤で平等に添削します。

添削されるととても勉強になりますが、×になっても何度も立ち上がって○になるまで這い上がる根気が必要でした。

 

 

しかも、やっとわかったんですけど、

どうも私は人に習うことが向いていないようです……。

 

昔から、講義や授業動画は内職するかWワークするか寝るか、二倍速で再生するかしないと耐えられない。

 

自分でなんとかやってみてわからないところを講師に聞く。

またフィードバックを活かしてまた作る。またわからないところを聞く。

そういうスタイルなので、1から10までおとなしく人に習うというのが向いてないようなのです…

自分で調べたいし、自分で調べてやったほうが何倍も身につく(遠い目)

 

だから、みっちり叩き込む厳しい先生ではなくて、

わからないところを聞いたら教えてくれて、ときどきアドバイスをくれる優しい先生に習いたいと思っていたのです。

 

どういう人に習いたいか?書き出してみると面白いかも知れません。

 

3.お金を最初に考えるのをやめたら、うまくいくようになった。

 

最初に予算を考えたり、お金を理由に諦めるのが多かったですが、

それをやめたらなんかうまくいくようになってきました。

 

3月にいった旅行も、お金より先にいいな~を優先したら、偶然予算内におさまったのです。

 

他にも、こないだ、母の日の注文で、

働いてないしこれくらいのお金に収まる額にしたいなあ~と思っていましたが、

1000円くらい高いモノがとても素敵で、感性に従ってそちらを選択しました。

 

感性(直感)>お金!!

 

他にも、発表の前の日、発表にこれを使ったら余計かなぁとか色々「頭(エゴ)が思考していました」が、

えーいこれを私はやりたいのだ!!という方をとったらスッキリうまくいきました。

 

これが本当の後悔しない、なんですね!

 

 

4.「○○してあげたのに」「なんで○○しないの」という人の共通点

 

さいごに、これはホント最近に気づいたことなんですけど……

 

恨みを書き出していると、「あの人は本当はいい人なんだ、あんなことさえ言ってこなければ…」みたいに自分の中でフォローが出て、嫌ってはいけないと自分に言い聞かせようとする相手が何人かいるんです。

 

この人達のことを、私は根っこは~ホントは~いい人なんだ~あれさえなければ~って言ってますけど

 

なんでそんなこと言うんだろうってその時の状況を分析してみますと……

 

もしかして私、その人の都合のいいようにならなかったから文句言われてただけじゃん…?

 

悪い人ではないのです。その人自体は。客観的に見ても、いい人たちだと思います。害悪ではないです。社会にも有益です。

 

でも、私はその人達のことを、なぜか恨んでいます。

 

その人達の共通点は…、

 

私の行動が自分の思う通りにならなかったからって、私の罪悪感を煽るような言い方をして私が悪いせいにした点。

 

私は今までそこに気づけなくて、私が悪いんだ…って思っては、その人に会うたび、その人を見るたび、苦しく感じていました。

その人のことを思い出すたびに傷が開く気持ちになりました。

 

しかし、某所で、人はコントロールできなかった他人に罪悪感を感じさせるような言い方で責めることがある、と見て……

 

あっこれだ、とわかったのです。

 

私はもう自分を責める必要がなくなって、すっきりしました(笑)

 

私が悪いんじゃなくて、私が思う通りにならなくてムシャクシャして八つ当たりしてきただけか!笑 って。

 

いつまでも恨んでしまう人リストと、その理由を突き詰めていくとこういうことが見つかるかも知れません。

 

 

さいごに。

 

専門学校の仲間たちでも、「あー会社辞めてこれに集中すればよかった!もっと時間かけたかった」と言っている人がたくさんいました。

 

次が決まるまで会社辞めちゃいけないって当たり前のように言われていますが、

 

当たり前のように言われていることって自分にも当たり前なのかなあ?って、疑うことって必要ですよねきっと。

 

ちなみに。。。

 

ご飯減らせば痩せるって聞きましたが、痩せませんでした。

 

戻しても太りませんでした……(????

 

お腹の持ちが良くなったのでストレスは減りました笑

 

というわけで、当たり前を疑う、自分は普通の枠から飛び出していいって思うことは大切だと思いました!

 

退職して無職になったけど、お金は月15万くらい減ったけど(笑)、

元気になったし健康になったし、死にたくなくなったし、

好きだったことを思い出してやりたかったことやれたからこれからぐーんと伸びますきっと。

私は幸せです。

 

みなさんが一歩を踏み出す励みになりますように!

 

 

 

 

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