~トラウマのリメイク~
昔の私が我慢した色んな出来事を、今の私から見て微笑ましい出来事にかえるための小話です。

 

***

 

私は、どこから相手に苦情を言っていいのかがわからない子供だった。

 

小学校1年のとき、

 

エレベーターに先に乗ったら、後から乗ってきたYちゃんに足を踏まれた。

 

大変痛かったが、

 

私は「いたっ!」などが言えず、耐えた。

 

自然と飲み込んだ。

 

その理由は…

 

私の足を踏んでしまって痛い思いをさせたということを

Yちゃんが知ったら悲しむと思ったから

 

という意味の分からないものだった。

 

この話を家に帰って親にしたところ

 

「痛かったことは痛かったって言えばいいんだよ」

 

と言っていた。

 

そりゃそうだ。

 

あのとき、私は、

 

「そうか、痛いと言えばよかったんだ。そうしたらYちゃんも、あっゴメン!ですむかもしれなかったんだ」

 

別にそんな悲しむとかそんなことはなかっただろう。

 

ただそれだけのことで終わるだろう。

 

 

……

 

これって、この推測って、本当は

 

「もしこれが自分だったら」

が入っていた。

 

もし自分だったら…

 

↓以下、自責の思考↓

 

”なんで”このとき足元をちゃんと見ておかなかった!

 

そうしたら足を踏んで痛い思いをさせることがなかっただろうに!

 

この不注意者!”ダメな子”

 

”そうやって”周りを見ないでぼーっと行動するから”また”やるんだ!

 

前もやってるのに”また”やった!

 

”いつも”気をつけろと言っているのに、”また繰り返す!”

 

”返事すればいいってもんじゃない、ちゃんと行動で”………

 

↑ここまで自責の思考↑

 

岡映里さんの言葉で言えば「頭の中の警察官」が「取り締まって」くるんです。

 

 

でも、岡さんも言っている通り、これは、そうです、

 

うちの両親が私によく使っていた口癖が何度も登場している。

 

それが””で囲った下線部分なのです。

 

頭の中の警察官は、うちの親が叱る時の表現集botだったのです。

 

***

 

私は、痛いが言えなかった。

 

それは、私が痛いと言ったら、相手の自責を呼ぶと思ったから。

 

相手が自責したら苦しむだろうと思ったから。

 

自分も痛かったのに黙っていた。

 

でもこれって、相手に自責の思考がなかったら関係ないよね?

 

っていうか自分が痛かったことはどこへいったの?

 

…昔から、自分の痛いは、我慢すべきものだと何故か思っていた。

 

(次回は自分の我慢について)