昔の私が我慢した色んな出来事を、今の私から見て微笑ましい出来事にかえるための小話です。
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私は、どこから相手に苦情を言っていいのかがわからない子供だった。
小学校1年のとき、
エレベーターに先に乗ったら、後から乗ってきたYちゃんに足を踏まれた。
大変痛かったが、
私は「いたっ!」などが言えず、耐えた。
自然と飲み込んだ。
その理由は…
私の足を踏んでしまって痛い思いをさせたということを
Yちゃんが知ったら悲しむと思ったから
という意味の分からないものだった。
この話を家に帰って親にしたところ
「痛かったことは痛かったって言えばいいんだよ」
と言っていた。
そりゃそうだ。
あのとき、私は、
「そうか、痛いと言えばよかったんだ。そうしたらYちゃんも、あっゴメン!ですむかもしれなかったんだ」
別にそんな悲しむとかそんなことはなかっただろう。
ただそれだけのことで終わるだろう。
…
……
これって、この推測って、本当は
「もしこれが自分だったら」
が入っていた。
もし自分だったら…
↓以下、自責の思考↓
”なんで”このとき足元をちゃんと見ておかなかった!
そうしたら足を踏んで痛い思いをさせることがなかっただろうに!
この不注意者!”ダメな子”!
”そうやって”周りを見ないでぼーっと行動するから”また”やるんだ!
前もやってるのに”また”やった!
”いつも”気をつけろと言っているのに、”また繰り返す!”
”返事すればいいってもんじゃない、ちゃんと行動で”………
↑ここまで自責の思考↑
岡映里さんの言葉で言えば「頭の中の警察官」が「取り締まって」くるんです。
でも、岡さんも言っている通り、これは、そうです、
うちの両親が私によく使っていた口癖が何度も登場している。
それが””で囲った下線部分なのです。
頭の中の警察官は、うちの親が叱る時の表現集botだったのです。
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私は、痛いが言えなかった。
それは、私が痛いと言ったら、相手の自責を呼ぶと思ったから。
相手が自責したら苦しむだろうと思ったから。
自分も痛かったのに黙っていた。
でもこれって、相手に自責の思考がなかったら関係ないよね?
っていうか自分が痛かったことはどこへいったの?
…昔から、自分の痛いは、我慢すべきものだと何故か思っていた。
(次回は自分の我慢について)
