『だから、相葉さん、別れたって言ってました。』
「ま・・・」
『まじです。』
「あ、ありがと。へえ、ああ、ふうん、あ、そう。」
『大丈夫ですか?』
「んん。大丈夫。え、待って、もう一回言ってもらっていい?」
ちょっと何言ってるか分からない。
『相葉さん、大野さんと別れたそうですよ。』
松本は必要以上にゆっくりと「別れた」の部分を強調する。
『良かったですね、翔さん。あとは翔さんが気持ち伝えればいいだけですよ?』
「つ・・・そ、そうか。いやでもまだすぐ過ぎないか?大野さんは傷心なのでは。」
『まあ、言い出したのは相葉さんみたいでしたけど、お互い最後はハグしたりしていい感じの別れだったみたいだし。そもそも大野さんは翔さんが好きなんだから、別にタイミングなんて気にしなくても。』
「今はっ?今すぐそこに大野さんいるんだけど?」
僕はエントランスから駆け出して、大野さんがまださっきの木の根っこに座っていることを確認する。
大野さんはまだ夢中でスケッチブックに向かっている。
『え?なんで?会ってたんですか?』
「いや、話せば長いんだけど、まあ偶然。」
『短っ。え、じゃあ今告白して部屋誘っちゃえばいいじゃないですか。俺は今夜は行かないんで。』
「さすがにそれは展開早すぎない?」
『なにやらしいこと考えてんですか。ただ部屋でメシでも一緒に食えばって言ってるんですよ。』
「飯っ、買い物してきたから、それは十分可能です、隊長!」
『まあ、翔さんが作るよりは出前とかのほうが・・・。』
「冷凍食品もあるんで!え、じゃあ、ちょっとまあ告白するかは別として、誘ってきます。ので、またっ。」
『ふはは!はいはい、じゃあ頑張って。』
「ありがと!」
僕は電話をさっさと切ると、スマホをポケットに戻して、大野さんの姿を見ながら大きく深呼吸する。
3回。
鼓動が速いのは治まらないから仕方がない。
まず、どういう言葉で誘うのがいいのかを考えなくては。
いや、あるいは、もう目の前まで行ってから、出てくる言葉に任せるというのもありかもしれない。
どうせ用意した言葉でも噛むに違いない。
僕は大野さんの座る方へ歩き出す。
まるで自分の足じゃないみたいな感覚。
視界もなんとなく霞んでいるような。
でも、大野さんの姿だけはハッキリと見えている。
大野さんの眼の前に立つ。
大野さんはまだ作業に集中したままだ。
「大野さん。」
「わっ、びっくりした。櫻井さん?」
「すみません。あの、それ、俺んちで終わらせませんか?」
「櫻井さんち?」
「はい。俺んち、そのマンションで。嫌じゃなければ、ですけど。冷凍だけど、飯もご一緒にどうですか?」
大野さんは呆然と僕を見ている。
僕は誘えた満足感で、さっきとは違った心臓の高鳴りを感じている。
「え、いいんですか?」
「是非にです。」
「・・・じゃあ、お邪魔しようかな。」
「やった。じゃあ、早速ですけど、行きましょ?」
「あ、はい。」
大野さんは根っこから立ち上がり、スケッチブックを閉じて胸に抱える。
とても大切そうに。
スケッチブックを羨むなんて変な話だけど、すごく羨ましい。
「ふふ。ラッキーな日だな。」
「え、はは。それは俺も同じです。」
「・・・俺のほうが得してますよ?」
「ははは。まあ、どうぞ。何もない部屋ですけど。」
大野さんは僕がどれだけ舞い上がっているか知らない。
告白したら、これがどれだけ嬉しいことかも説明しようと決める。
大野さんより少しだけ前を歩いてマンションに向かう。
さっき歩いたときとは何もかもが違って感じる。
単純なものだ。
「こんなカッコで来なければ良かった。」
「え?」
大野さんは白いTシャツにデニムのショートパンツ、それに黒いサンダルを身に着けている。
それに黒のキャップ。
よく似合っているし、かっこいい。
そんなことを言われたら、僕だって人に会いたかった風貌ではない。
好きな人には特に。
「ちょっと散歩のつもりだったから。」
「俺も、ちょっと買い物の格好だから、さっき大野さんと遭遇したときは恥ずかしかったです。」
「ふふ。でも似合ってます。」
「大野さんも。」
僕らは目を合わせて笑い合う。
なんだかいい感じの雰囲気ではないか。
「ふふふ。にしても、もうちょっとカッコつけたかったです。」
「俺も。ははは。でももう諦めましょ。休日の俺はこんなんです。」
「・・・やっぱりラッキーな日です。」
大野さんはもう自分の気持ちを僕に伝えてあることを誤魔化すつもりはないのだろうか。
忘れてくれとは言われたけど、そんなの現実的ではないのだし。
それとも相葉さんとの別れがそうさせているのだろうか。
僕も早く伝えたい。
(つづく)