松本との電話を切ってから、大野さんに夜改めて返事をすると連絡した。

 

大野さんからはそれから1時間ほどして返信があった。

短く「分かりました。お待ちしています」とだけあった。

 

 

それからが長かった。

 

書きかけの原稿を前に姿勢を正すも、どうしても集中できない。

今朝のコーヒーの効果はすぐに消えた。

頭の中は大野さんでいっぱいだったし、そうかと思えば居眠りをしたりした。

 

 

「これ逆に脳みそフル回転して疲れてんのかな・・・。」

 

 

昼過ぎになって、もう一度コーヒーを淹れる。

温めるだけのご飯をレンジに入れて、おかずになるものを探す。

買って数日経ったカクテキしか冷蔵庫には入っていない。

あとは冷凍チャーハンが冷凍庫に見つかる。

 

「ああ!これにすれば良かった〜。」

 

レンジはあと30秒。

もう変えるわけにはいかない。

乾物の棚を見ると、いただきものの味付け海苔があったので、それを手に取る。

 

 

「買い物行こっかな。」

 

 

温まったご飯の容器をそのままテーブルに運んで、カクテキと味付け海苔をそれぞれ並べる。

コーヒーはもう少しかかるので、水を一杯。

 

どうせ集中できないなら、少し食材の買い物でもしにスーパーに行くのもいい。

松本が来たら、また空の冷蔵庫を見て心配するだろうし。

少しくらい飲み物を用意しておくのもいい。

 

 

 

 

しっかりと買い込もうと、大きなエコバッグを2つ用意して、カゴはカートに乗せてスーパーをまんべんなく歩き回っている。

どうせ時間はある。

仕事は手につかないときはしない。

パソコンとにらめっこをするストレスはいらないのだ。

 

 

カゴの中には入ってすぐに目についたイチゴ、そばにあった手でむけるオレンジの一種(名前は覚えていない)と、サラダミックス(ドレッシングがあればすぐ食べられる)が入っている。

僕にしてはなかなかいいものを選んでいる。

 

 

「健康第一・・・。」

 

大野さんと臨海公園のカフェで食事をしながら話したことだ。

好きなものを食べるのは当たり前だけど、旬のものや色とりどりのものを食べるのが楽しいと話してくれた。

 

 

2人でいられることが嬉しくて、そのときは何も考えていなかったけど、後から考えたら、同じことを相葉さんが言っていたことがあるのを思い出した。

大野さんと相葉さんがカップルであることを思い知って痛かった。

 

 

とはいえ、僕だって健康第一を目指すべきだ。

大野さんとの遭遇が苦しいときばかりではなくなるように。

この先いつか、なんの心配もなく人混みを歩けるように。

 

 

「キムチと豆腐も欲しいな。卵はハードル高いけど・・・4個入りとかならいけるか。」

 

 

豆腐に薬味を好きにのせたものが簡単で美味しいと教えてくれたのも大野さんだ。

この後調味料のところに行ったら、生姜とわさびのチューブ、それにねり梅なんかも買っておきたい。

 

 

「はは。松本にびっくりされそ。」

 

 

ブツブツと小声で独り言を言いながら歩き回る僕は、自分で思っているよりは周りに溶け込んでいることだろう。

こんな風に食料品の買い物を満喫している自分には違和感しか感じないけど。

でも、大野さんとの会話を思い出しながら見るスーパーの景色は、なんとも言えないワクワクに溢れている。

 

 

恋ってすごいな。

なんて言ってしまうのは簡単だけど、これまでの恋愛でこんな自分の変化を感じたことはなかった。

その都度ちゃんと相手を大切にしてきたとは思うけど、どちらかというと受け身だったのだろうと思う。

大野さんは違うのだ。

 

 

「すげえな。」

 

 

涙が出そうになって、被っているキャプを直すふりをして顔を隠す。

誰も見ていないとは思うけど一応。

 

 

ああ、それにしても本当に、僕は大野さんが大好きなのだ。

 

 

 

インスタントの味噌汁やスープやらをいくつか足して、冷凍食品を買い込んで店を出る。

両手にそれぞれいっぱいのエコバッグをぶら下げる。

充実感とお天気の良さでなんとも気分が高揚している。

遠回りでもしようかと考えるけど、冷蔵・冷凍のものがあるのを思い出してやめる。

 

 

「ベランダで読書ってのもありか。」

 

仕事を長期で休んでいる間にネットで買った、ベランダ用のテーブルとチェアを思い浮かべる。

少し拭かないと汚いけど、今日なんて最高に気持ちいいだろう。

 

 

弾んだ気持ちで歩き続ける。

 

 

後ろから声をかけられたのは、マンションの目の前の交差点で信号待ちをしていた時だった。

 

 

「櫻井さん?」

 

「え!?大野さん!?」

 

振り向くと同じくらいビックリした顔の大野さんが立っていた。

 

 

 

 

(つづく)