気持ちは落ち着いたけど、やっぱり朝は辛かった。

 

「飲みすぎたぁ・・・。」

 

 

光がちょうどよく差し込んでいて、いつの間にか松本がカーテンを開けておいてくれたのだと気づく。

どこまでも気の利く男だ。

 

 

ベッドの上で一度ギュッと体を縮める。

それから開放するように大の字になる。

所々がピリピリ痺れたようになる。

体中に血が行き渡る感覚。

 

少し頭が痛いけれど、これはコーヒーで癒やされる類のものだ。

 

 

コーヒーを淹れにキッチンに立つ自分を想像する。

寝癖もパジャマ代わりのスウェットも、ちょっと情けない。

 

でも、それでいいのだ。

情けなくていい。

でも、あと10分くらいは動きたくない。

 

 

大野さんのことを考える。

あの日、赤くなったように見えた横顔、その後にゆっくりと紡ぎ出された言葉たち。

 

 

「友達」

 

そう発したのは僕だ。

僕たちのどちらも欲していた言葉じゃなかったのに。

でも同時に大野さんに求められたような気もしている。

「君がそう言ってくれれば僕は諦めがつくのだ」と。

 

 

似たもの同士なのかもしれない。

だとすれば、どちらかが信念を曲げなければ、僕らの望む未来は無い。

そしてそれは僕でなくては無理だ。

なぜなら、本当は両思いだと知っているのは僕だけだから。

 

 

僕はようやく体を起こして、昨日と変わらないはずの部屋を見渡す。

色が違う。

単に朝か夜かの違いではないように思える。

 

 

コーヒーメーカーをONにして、昨日松本が買っておけと言うから買ってきたバナナを1本手に取る。

 

「なんか・・・お前かなり真っ直ぐだな・・・はは。」

 

 

バナナ特有のカーブが首のところだけで止まっている。

木になっているときの姿勢の良さを思い浮かべる。

 

「ははは!」

 

 

それからふとあのチューリップを思い出す。

大野さんはあれが僕のようだと言って、もう少し力を抜いてもと心配してくれた。

僕がバナナなら、こんな感じかもしれないと、手の中のバナナを見る。

 

 

「ははは。」

 

もう少しキレイなカーブが欲しいな。

大野さんに褒めて貰えるような。

「だいぶリラックスしてますね」なんて微笑む姿が目に浮かぶようだ。

 

 

「・・・・。」

 

やっぱり好きなんだよな。

諦めたくなんかない。

 

 

「相葉さん怒るかなぁ・・・。」

 

怒ってくれるならいいのかもしれない。

深く傷ついて泣き崩れたりとか、そういうのの方が・・・。

いや、これは僕がどっちがいいとか選んでいいようなことではない。

 

 

大きくため息をつく。

松本は自分に任せろなんて言ってたけど、いったいどうするつもりなんだろう。

 

 

 

テーブルの上でスマホが震える音がする。

バナナをキッチンカウンターに置いてスマホを取りに向かう。

松本かな。

どうしてる?なんて聞いて来てるのかもしれない。

 

 

「えっ。」

 

指を滑らせて通知を開けると、それは大野さんからのLINEだった。

 

 

『おはようございます。

櫻井さんに見せたいものがあるのですが来週の水曜日の夜は空いていませんか?

ダメなら空いている日をお知らせください。』

 

 

なんとなく、もうしばらくは連絡が来ないものだと思っていた。

僕との繋がりを失くしたくないというのはちゃんと大野さんの本音だったのだ。

 

嬉しい。

と同時に不安に襲われる。

僕はこのLINEに本心に従って応えていいのだろうか。

それとも・・・。

 

 

「松本、早く〜。どうする?もう既読つけちゃったよ?」

 

テーブルの周りをペタペタと歩き回りながら大野さんのメッセージを見つめる。

 

「フラットだなー。なんかいつも通りだなー。」

 

 

もう一周テーブルの周りを歩いてから、キッチンに向かう。

あと少しでコーヒーが落ち切る。

 

スマホを操作して、電話の履歴から松本を選ぶ。

迷わずに通話に指を乗せる。

 

 

「松本〜、出て〜。」

 

 

『もしもし?翔さん?』

 

4回ほどのコールで松本の声が聞こえてくる。

 

 

「あのさ、ちょっと相談があるんだけど、今いい?」

 

『おはようございます。もう朝飯食いました?』

 

「いや、まだコーヒー待ってるとこ。」

 

『空のお腹にコーヒーは良くないみたいですよ?ちゃんとなんか食ってください。』

 

 

落ち着いた声に、僕の焦りも少し落ち着いてくる。

 

 

「あ、ああ。そうだ。バナナ食おうと思ってたんだった。」

 

『じゃあ、今食べて?落ち着いたら話聞くんで。』

 

「ああ、はい。じゃあ、一旦切ります。」

 

『ああ、切らなくていいから。ちょっと写真のことで話あるんでスピーカーにしてください。』

 

「おお、了解。」

 

 

松本に言われた通りスピーカーにしてキッチンのカウンターに置く。

それから、置き忘れていたバナナの皮を剥き始める。

 

 

『3枚良さそうなの見つかったんですけど、翔さんの印象どうだったかなって思って。コンセプトに沿うようにって考えると1枚は微妙なんですけど、実はそれが写真の質は一番いいとか・・・。あと2枚は、また持ち上げるにはちょうどいい年数経ってるけど、ちょっと弱いような・・・。』

 

僕は都度もぐもぐしながら相槌を打つ。

 

 

『メールで送るより直接見せたいなって思ってたんだけど、今日またお邪魔していいですか?』

 

「ん、俺が行ってもいいけど。」

 

『大丈夫です。ちょっと出かける予定あるんで、その後になるんで。』

 

「了解。」

 

『相談もそのときでも大丈夫ですか?』

 

「あー、こっちのはなる早でお願いしたいのよ。」

 

『そうなんですね。じゃあ、まず座ってコーヒー少し飲んでください。』

 

「なんで座ってないの分かんの?すげえ。」

 

『翔さんの姿なんてもう目に浮かんでますよ。寝癖と襟ぐりの大きいTシャツ。』

 

「ははははは!怖え!」

 

『ふはは。』

 

 

僕はマグとスマホを持ってソファに移動する。

 

「座った。そんで、飲んだ。」

 

『ではどうぞ。』

 

「はい。大野さんからLINEで誘われました。」

 

『簡潔っ。なんて?』

 

「水曜の夜は空いているかって。見せたいものがあるらしくて。」

 

『で?返事を迷ってる?』

 

「うん。だって誘われたからってひょこひょこ会いに行っていいのかなって。」

 

 

僕の声が少し明るさを失う。

もちろんそれは松本にも聞こえたようだ。

 

『じゃあ言いますけど。今日相葉さんに会ってきます。』

 

「え?」

 

『相葉さんの気持ち探ってきます。なんならちょっと紹介したい人がいるくらい言ってみるんで。』

 

「いないのに?」

 

『いますよ。嘘つくわけじゃないんで。友達が相手探してて、相葉さんちょうどいいから。俺相葉さんがゲイなの知ってたけどパートナーいたの知らなかったし、ちょうどいいから写真見せて紹介させてほしいって言ってみます。』

 

「・・・すげ。」

 

『なので、とりあえず、夜にでも改めて連絡しますって返しといてください。相談しましょ。』

 

 

僕は松本の案を受け入れて、松本は夕方以降に夕飯を持ってうちに来ると言って電話を切った。

 

 

 

 

(つづく)