「次は何か決まってるんですか?」
大野さんは休日を使う相手が他にいるのかと聞いたことを忘れたかのように、しばらく僕の仕事についての質問をした。
誤魔化している雰囲気は不思議となく、どうしても興味があるから知りたいのだという姿勢だから、僕もそのまま流されてしまった。
「はい。宇都宮の大谷資料館って知ってます?採石場の跡地にあって、カフェとかも併設されてるところで。」
「いえ。採石って石を採る?」
「そうです。大谷石っていうのがあって。昔火山が噴火した時の灰が海水中で固まったものらしいんですけど、それを使った建物がそこここにあるんです。なんとも雰囲気が良くて。」
大野さんは、何か思い出そうとしているように一点を見つめていたかと思うと、嬉しそうに言う。
「あ!前に連載で行ってませんでした?」
「ああ、そうです。教会の。」
「そうだ!」
思い出せたのが嬉しいのだろうか、興奮した表情が可愛らしい。
「それの?」
「はは。その大谷石を使った建築物の特集を書いて欲しいって、ある旅行雑誌から頼まれてて。」
「宇都宮に行くんですか?」
「はい。来月の後半かな。」
「いいなぁ。読むの楽しみだなあ。一緒に行きたいなあ。」
大野さんが宙に視線を泳がせて言う。
なにか想像しているかのような表情。
僕はその大野さんの表情の向こう側に、一緒に石を触って笑い合う僕らを想像する。
隣り合う手と手、交わし合う言葉と笑顔。
「いやいや。」
僕はその妄想を打ち消すために、つい声を出してしまう。
「ん?」
「あ、いや、なんでもないです。あ、松本覚えてます?この間助けてもらったときに来た。」
「ああ、あのかっこいい人。」
「はは。彼、カメラマンで、俺が使う写真はほぼ彼が撮ってるんです。」
「へえ。あ、じゃあ、彼が一緒に行くんですね。」
「そうなります。」
僕は大野さんの表情の中に落胆を探している。
卑怯だけど。
見つけてどうするのかなんて分からないけど。
「俺も写真の勉強しておけば良かったなあ。」
大野さんは一瞬だけ頬をぷくっと膨らませて言う。
「そしたら俺が撮りますって言えたのに。絵ならかけるんだけどなあ。」
僕はただ、そんなことを言う大野さんを見つめて、声にも動きにもならない同意を心のなかで叫び続けた。
「ああ、美味しかった。期待以上だったなあ。」
「ふふ。確かに思ってたより美味しかった。櫻井さんと食べたからかもしれないけど。」
「ははは。じゃあ、俺も大野さんのおかげなのかも。」
「ふふふ。」
僕らはカフェを出て、チューリップフィールドのある方へ向かっている。
カフェを出たところで見た公園の地図によれば、軽い散歩になるくらいの距離だ。
水際を水鳥がお尻をふりふり歩いていて、スズメだろうか、小さな鳥もそばで何かをつついている。
植物を見ながら歩くことはあっても、こういう景色は久しぶりだ。
隣を歩く大野さんはどうやらマイナスイオンを発生させているようで、僕はさっきから呼吸のしやすさに驚いている。
「顔色いいから安心しました。」
「え?」
「過去数回は、いつも具合が悪そうだったから。今日はこういうところならいいかなって。」
「あ、だから公園だったんですね?それはありがとうございます。全部が楽です。」
「ふふ。良かった。」
これは惚れてしまうだろう。
こんなの、僕がいくら諦めようと頑張っても無駄なのではないか。
「あのチューリップを思い出すとき、櫻井さんを一緒に思い出します。」
僕はドキドキしてしまって、何も言わずに続きを待つ。
「あのチューリップ、姿勢が良くてかっこいいけど、ちょっと頑張りすぎてないかなーって。周りはみな背中丸めてゆっくりしているように見えるのに、ひとりで真ん中で。僕はそんなに櫻井さんのこと知ってるわけじゃないから、なんとなくでしかないんですけどね。ふふ。」
僕はやっぱり何も言わずに歩き続ける。
言われたことが心外だったわけじゃない。
むしろ、なんとなく見抜かれた感があって、どう反応していいいか分からなかった。
「失礼ですよね。勝手に。でも、もっと力抜いても大丈夫だって言いたかったんです。」
「・・・ありがたいです。・・・でも、そっかあ・・・あのチューリップ、大野さんにはそんな風に見えたんですね。俺にはかっこよくて、なんとなく憧れの対象っていうか。」
「ふふ。そこが櫻井さんの素敵なところです。でも、疲れちゃいますよ、そんなの。」
「うん。」
「心配になっちゃうから。俺がもっと・・・。あ、いや。」
「俺がもっと」?
続きはどんな言葉が来るはずだったのだろう。
ただの助言的なものなら、言い切らずにやめる必要があるだろうか。
でも、だからって、僕はどんな言葉を期待しているのだろう。
守ってあげたいとか、癒やしてあげたいとか?
そこに告白でも続くと思いたいのだろうか。
「こんな出会ったばかりの男に言われたくないですよね。」
「いやっ。あ、はは。んー、なんていうか、大野さんはもう俺にとってはそういうんじゃないです。顔を合わせた回数で決められないっていうか。」
「え・・・。」
「何度もこんな言葉使うと、なんかいけないかなぁとは思うけど、スーパーヒーローっていうか、命の恩人みたいな。」
「ふふふ。それは大げさだから。」
「はは。んー、でも。俺にとってはもう・・・。」
「・・・うん。ふふ。嬉しいです。」
僕らは相変わらずあまり視線を合わせることなく、でもぎこちないわけでもなく、ただ穏やかに歩き続ける。
ときどき急に大野さんの存在がリアルに感じられてドキドキしたり、でも醸し出す空気に癒やされたり。
こんなのがちゃんとした恋っていうんだろう、なんて真面目に思ったりした。
(つづく)