「臨海公園か。行ったことないな。ここで散歩?11時ってことは昼一緒に食うよな・・・。」

 

待ち合わせ場所を検索しながら、なんだかデートスポットのようにも見えるなあ、なんて思ったりして。

だけど、期待に胸が膨らみかける度に自分を制することも忘れていない。

 

 

ただ会うだけ。

それだけ。

 

 

 

 

「お待たせしちゃってすいません!」 

 

「ふふ。大丈夫です。ここ気持ちいいから。」

 

待ってないとは言わずに、でも本当に平気そうに大野さんが応える。

 

 

「すぐに分かりました?」

 

「あー、入口からはすぐ。建物の中にいるのかと思いましたけど。」

 

「一旦座ったらもう気持ちよくて。」

 

 

気持ちよさそうに水を見つめる大野さんは、日向ぼっこの老人のような穏やかな空気をまとっている。

僕の緊張なんて取るに足らないものに思えてくる。

 

 

そっとベンチの片側に寄ってくれた大野さんを見て、僕は空いている方に腰を掛ける。

 

「確かに気持ちいいですねぇ。」

 

自然と、出てくる言葉がゆっくりと流れる。

 

「ねえ。」

 

「お誘いありがとうございます。」

 

僕は空でもなく地面でもない空間に目線を置いたままで言う。

どこにも焦点は合っていないけど、漠然と全部見えているような。

 

 

「来てくれてありがとうございます。ふふ。」

 

大野さんも同じように僕を振り向くことなく返事をしてくれる。

 

 

僕らはお互いを見るでもなく、水面の輝きに目を細めながら、体に溜まっていた固まりを溶かしていく。

 

 

「お腹空いてます?」

 

「まあまあです。」

 

「ふふ。じゃあ、もう少しここでゆっくりしてからそこのカフェでランチどうですか?」

 

「いいですね。」

 

 

松本ならこんなの笑うかもしれない。

カズもきっと「なにやってんのよ」なんて笑うだろう。

かく言う僕だって、好きな人とこんな時間を過ごすなんて自分では想像できなかった。

 

だけど、どうにもこうにもしっくり来ている。

この人とずっとこうしていたい。

そう思う。

 

 

「あ、ここチューリップたくさん咲くらしいですよ。今はもう無いのかなあ。」

 

「チューリップ・・・。俺、いまだにあのカフェで見たピンクのチューリップ思い出します。なんでかすごく心に残ってて。」

 

「へえ。でも俺もたまに。まあスケッチブックもあるから。」

 

大野さんが背中から前に回して来たのであろう小さなウエストポーチを指して言う。

 

 

「今日も持ってるんですね。」

 

「ふふ。お出かけの必需品です。鼻紙とスケッチブック。」

 

「はは。鼻紙って久々に聞きました。」

 

「ふふ。言わないですか?」

 

「俺はティッシュって言っちゃうかな。」

 

「現代的だ。」

 

「ははは!そうかな。」

 

「ふふふ。」

 

 

ああ、幸せだな。

ちょうどいい日差しに、ちょうどいい気温。

隣を見れば大野さんがいて、目の前の水はキラキラと揺らめいている。

 

 

「眠くなりますね。そろそろ行きますか?」

 

「あ、はい。はは、確かに今ちょっとまどろみそうになりました。」

 

「ふふ。食べたら少し歩いてチューリップ咲いてるか見に行きましょ。」

 

「賛成です。」

 

 

僕らはトロトロの目のままで立ち上がり、いつもより少しだけゆっくりと歩いてカフェに向かう。

このまま今日の時間の流れをゆっくりに出来たら。

 

 

「櫻井さん、食べ物は何が好きなんですか?」

 

「あー、俺魚介が好きです。特に貝類は。」

 

「そうなんだ。」

 

「大野さんは?」

 

「俺も魚介好きです。最近だとタコとかよく食べます。スーパーで買ったりして。」

 

「へえ、タコですか。」

 

「うん。タコわさやります。生わさびすったりして。」

 

「凝ってる!」

 

「釣りに行けてた頃はアジのなめろうとかスズキのカルパッチョとか釣りたてので作ったりして。」

 

 

大野さんの瞳がキラキラしてくる。

これは、俺が上手く話を引き出しているうちに入るのだろうか。

まだカズには敵わないだろうけど。

 

そう思ってすぐ、相葉さんといるときの大野さんはどうなんだろうと考える。

 

 

「櫻井さん、釣りします?」

 

「俺はほとんどやったことないです。魚捌くとか永遠にできる気もしないし。」

 

「ふふ。それは俺がやるからいいですよ。今度一緒に行きましょう。休みが合ったら。」

 

「休み・・・。」

 

 

まただ。

せっかく一緒にいられるのに、相葉さんのことが気になってしまう。

一瞬だけキュンとして、それがお腹の方へ沈んでいってしまう感覚。

 

休みの日は相葉さんと会うべきなのでは?

なんて、言いたくなってしまう。

いじけているのだ。

 

 

「ああ、休みの日はゆっくりしたいですよね。」

 

返事をしない僕に大野さんが言う。

声の感情が聞き取れなかった。

 

 

「え?ああ、いや、そういうんじゃないけど・・・。俺なんかが相手してもらってていいのかなーなんて・・・?」

 

ちょっと試すような言い方になってしまう。

でも口をついて出るのを止められなかった。

 

 

「なんですか、その『僕なんか』っていうの。良くないですね。」

 

 

大野さんがチラリと僕を睨む。

でも怒っているのではないことはすぐに分かる。

 

 

「すごく良くないです。」

 

「すみません。いやでも、他に時間使うべき相手なんていないんですか?」

 

 

踏み込みすぎだろうかと思うのに、なんだか止められなかった。

 

こんな会話をしたら今日で僕らの関係も変わってしまうかもしれないのに。

 

 

 

 

(つづく)