大野さんから連絡が入った。
週末体調が良ければ、少し気晴らしの散歩に付き合っていただけませんかと書いてあった。
僕は返事を迷っていた。
気持ちを断ち切ってしまいたいのと、相葉さんに会えばいいのにと少しいじけた気持ちからだった。
でも会いたい。
それが一番正直な気持ちだと、僕は分かっている。
そんな時、松本からも連絡が入る。
この間の話をしたいから日程を相談させてくれと言う。
僕は賭けをすることにした。
松本が僕の誘導なしに週末を提案してきたら、大野さんを断る。
平日の約束になったら大野さんと会う。
そしてそれとなく、相葉さんのことを聞いてみよう。
諦める努力をするのはその後でいい。
結論はあっという間に出た。
『翔さん、月曜の夜とかキツイですか?俺今熊本に来てて、日曜の夕方に戻るんです。』
「月曜の夜で大丈夫だよ。相葉さんに仕事預けちゃったから、余裕ができたんだ。」
『良かったじゃないですか。』
「まあ取り掛かっちゃった分はやるんだけど、まだゆっくりだから。」
『じゃあ、18時に・・・ああ、場所変えましょうか。』
トラウマになっているかもと心配しているのだろう。
気をつけるに越したことはないけど、全てを避けては暮らせない。
「大丈夫だよ。あの日はそれほど。」
『そう?じゃあ、当日嫌な気がしたら連絡してください。遠慮しないで。』
「了解。」
あの日は、嫌な思い出としてよりも大野さんというスーパーヒーローに助けられた日として、良い記憶になっている。
もうあの場所が怖いとはならないだろうと思う。
『翔さん?』
松本が遠慮がちな声を出す。
「ん?」
『薬って、まだ飲んでます?』
「ん?ああ、まだ飲んでるよ。最少の量まで減ってきてるけどね。なんで?」
『いや。それならいいんです。なんか、急ぎすぎてないのか心配だったから。』
「はは。そりゃ早いとここんなの治しちゃいたいけど。気持ちだけじゃダメだしね。でも先生にも褒められたんだよ。たくさん勉強してますねって。そっちはカウンセリングのおかげでもあるんだけど。」
『あんま忙しくするのやめてくださいね?』
「はいはい。大抵のは松本も一緒にって思ってるから、多すぎたら言ってよ。」
『本当にそうしますよ?』
「うん。本当にそうしてくれると助かるよ。」
松本はスッキリとした声を出して電話を切った。
よっぽど心配してくれているのだろうと思う。
目の前で発作を、しかも今までで一番酷いやつを起こされたのだから、それはそうだろう。
松本の中でもまだあの日が完全には消えていないのだ。
それに、あの後も何回か松本がいる時に発作を起こした。
軽めのものとはいえ、見ている方は怖いだろう。
僕だって次はいつどこであんな思いをするのかと、外出が怖かった。
最近ようやく無理をせずに済むようになったのだ。
それに加えて、大野さんの登場。
不思議と癒される雰囲気と、まるで僕の心を読めるかのような的確な行動。
それに感動しているうちに体調が少し戻ったりして。
こうして全部を塗り替えて行けたらいいのに・・・。
ああ、でももう大野さんに期待してはいけないのだな。
大切な人が他にいるのだから。
だけどとりあえず、僕の人生を止めてしまわないように、できることをしなくては。
大野さんには、日曜日なら大丈夫だと返信した。
すぐに帰ってきたメールには、嬉しそうな笑顔の絵文字と共に、約束の時間と場所が記されていた。
(つづく)