「翔さん?翔さん?」

 

 

「あ、うん。ごめんなさい。ん、悪いけどコーヒーのお代わりもらってもいい?」

 

軽く頭痛がする。

相葉さんの知らなかった一面を知ることが、結果大野さんの一面も知ることになるとは。

しかも、やっぱり知りたくはなかった。

 

 

「大丈夫ですか?疲れが出てるんでしょう。ちょっと待っててください。」

 

 

相葉さんはさっと立ち上がって自らコーヒーのお代わりを入れに行ってくれる。

なかなかのベテランで後輩もたくさんいるけど、こういうのを人に頼んでいるのを見たことがない。

マメでしっかりした人なのだ。

 

 

「はいどうぞ。翔さん、今見たら仮眠室が空いてたから少し休んで行きます?」

 

「いや、大丈夫ですよ。頂きます。」

 

僕はコーヒーをすする。

苦味がちょうどいい。

 

 

随分動揺してしまった。

考えてみれば恋人がいたって当然な気がする。

あんなに・・・素敵なひとなんだから。

 

 

「そういえば、翔さんのファンなんですよ?」

 

「ん?」

 

「俺のパートナー。初めて俺の部屋来たときに置いてあったのめくってて。ほら、ちょうど3周年の記念号で翔さんが巻頭で企画持ってくれたときで。」

 

「え。」

 

「あのときの顔、傑作だったなー。もう口開いちゃって。俺が呼んでもしばらく聞こえてなくて。危うく喧嘩。」

 

 

相葉さんはニコニコとそんな話をするけど、僕はなんだか複雑だった。

出会うのがだいぶ遅かったのか、本当は見つけてもらうのが少し遅かっただけなのか。

 

 

「その後もずっと追っかけてて、しばらく俺に秘密にしてたりして。そんで今度は本当に喧嘩。くはは。」

 

 

「喧嘩したんですか?」

 

「したした!まあ、俺も好きな俳優さんとかいるし、よく考えたら同じようなもんだって思って許したんですけど。けど、俺にとっては翔さんは現実にいる人だからさ。」

 

「・・・もしかして、俺に話したくなかったです、よね?」

 

「くははは。そんなことないですよ?まあ紹介するかどうかはわかんないですけど?アイドルみたいに会えない存在でいるのがいいだろうって。まあ、一度も紹介しろって言われたことないですけど。」

 

「はは。」

 

から笑いをする。

何も言えねえ。

 

 

「でも実はそんなにもうラブラブでもないんで。お互い仕事の方が好きって感じで。ここ2ヶ月位はLINEでしかやりとりしてないし。それもスタンプばっか。くはは。なんか長年連れ添った夫婦的なね。」

 

「そうなんだ・・・寂しいですか?」

 

 

僕の質問に相葉さんは首をひねって少し自分と対話をしているようだった。

それから僕をまっすぐ見て言う。

 

 

「会わないと分かんないですね。」

 

「ああ・・・それはなんとなく分かるな。」

 

「会ったら、やっぱり好きだから離したくないとかなるかもだけど。居心地のいい相手なんで。」

 

「うん。」

 

 

「んはははっ。なんか翔さんと恋バナするの違和感がすごいな。やめやめ!」

 

「ははは。確かに。これまでしてこなかった理由が分かりましたね。」

 

「趣味の話くらいで止めときましょ。」

 

「賛成です。はは。」

 

 

 

 

一難去ってまた一難。

大袈裟だけど、そんな言葉が浮かぶ。

仕事量は減ったけど、なんだか心が重い。

いつの間に僕は、大野さんのことをこんなに好きになっていたのだろう。

 

 

でももうやめなくちゃ。

相葉さんがパートナーなら、僕にはこの気持ちと前に進むチョイスは無い。

 

 

良かった。

まだ大野さんとの思い出が少なくて。

 

そう思うのに、なぜだか涙が頬を伝う。

 

 

目を閉じると、溜まっていた涙が溢れて零れる。

瞼の裏にはピンクのチューリップが咲いていて、それからそれに代わって大野さんの笑顔が現れる。

 

 

寄りかかるソファは僕を柔らかく支えてくれているけど、心を軽くしてはくれなかった。

 

 

 

 

(つづく)