「全く、無茶しないでくださいよ。」

 

「ん、悪い。」

 

「もうマネージャーつけたほうがいいんじゃないですか?どうせ一人で全部片付けようとしてるんでしょ?」

 

「できると思ったんだけどな。」

 

「充分稼げてるでしょ?相葉さんとかにちょっと頼むだけでもいいじゃないですか。」

 

 

松本がこんな風に不服そうな声を出すのは、僕を心底心配してくれているからだ。

添えられた手は温かいし、僕を見る瞳は優しい。

 

 

「歩けますか?おんぶ?」

 

「はは。歩けるよ。だいぶ落ち着いたから。」

 

「・・・ずっとここにいたんですか?」

 

「んー。今何時?」

 

「18時22分です。」

 

松本が腕時計を見て答える。

 

 

「じゃあ、30分無いくらいかな。なかなか早い回復だった。」

 

この発作が起きるようになった頃は、30分経ってもまだ目眩と戦っていた。

息だって苦しいままだった。

これは僕が回復しつつあるのか、それともあのスーパーヒーローのおかげなのか。

 

 

「そんな悠長に喜んでる場合じゃないですよ。もっとちゃんと自分を大事にしなくちゃ。」

 

「してるつもりなんだけどな。」

 

「甘い。」

 

「・・・そうだね。迷惑かけてばかりだ。」

 

 

「・・・タクシー拾いますか。」

 

「お願いします。」

 

 

 

 

松本は僕が着替えて布団に潜り込むまでを見届けて帰っていった。

 

「話があったのにごめん。」

 

「いいですって。気に病んだらダメですからね?まだ時間はたっぷりあるんで。今度ちゃんと話します。」

 

「うん。」

 

「怖い思いしたのは翔さんなんだから。」

 

 

そんなの忘れていた。

確かにすごく怖くて不安だった。

ただ、大野さんが来てくれてからは、気持ちばかりは平気だったのだ。

 

 

 

 

布団の中でも、僕はやっぱり頭の中にとどまったままの仕事のことを考える。

明日目覚めたらすぐに片付けなければ。

ソワソワしてしまって眠れない。

 

ふと思い出して枕元のノートを手に取る。

 

「こんな時はto doリスト・・・。」

 

 

これもカウンセラーに勧められた方法だ。

すぐに取り掛かれない頭の中の心配事は、リストにして優先順位をつけておく。

できるときに大切で期限が近い順にやっていけばいい。

 

リストは以前から書き出すことが多かったけど、事項が多すぎて焦ったり終わらないかもと心配になったり、逆にプレッシャーを感じることもあった。

優先順位を上手くつけられると、これがかなり役に立つと分かった。

 

 

「こういうの、忘れちゃうからいけないんだよな。」

 

始めからやっておけば。

そんなことばかりだ。

後悔先に立たずって言うのにな。

 

 

僕は仕事のことをリストにし終わった最後に「大野さんにお礼のメッセージ」と書きかけて、さっき連絡すると約束したことを思い出す。

 

「いや、これは今でしょ。」

 

 

リビングで充電しているスマホを取りに起き出す。

ひんやりとした床が足の裏に気持ちいい。

ついでにもう少し水分を補給しておこう。

 

 

「大野さん、先程は本当にありがとうございました。無事帰ってきて、もう寝るところです。また明日改めて連絡します。・・・もう体は大丈夫です。・・・・」

 

 

そこまで打ち込んで、なんとなく声が聞きたくなる。

電話するのは変だろうか。

ご飯を食べて帰るって言っていたし、まだどこか外にいるかもしれない。

 

 

  今度ゆっくりまたお会いしたいです。

 

 

そう付け足して送信する。

 

 

「寝よ。」

 

 

冷蔵庫から水のペットボトルを一本取り出してベッドに戻る。

スマホはまたリビングに置いてきた。

返事が来るかもしれないけど、それは起きたときのお楽しみにしようと思う。

 

 

リストを書いたノートをベッド脇の床にポンと置いて、布団に潜り込む。

足元が冷たい季節も終わったのだとふと思う。

春が本当にいつの間にかここにいる。

 

両手と両足を目一杯伸ばしてから脱力する。

フワッと体が緩んで、すぐに眠気に襲われる。

 

疲れていたことを実感する。

もっとちゃんと向き合い続けなければ、このまま何年も発作を起こし続けることになる。

 

毎回大野さんが助けに来てくれればいいのにな・・・。

僕はなんて迷惑なことを望んでいるんだ。

それにしてもすごい偶然だな・・・。

 

 

そんなことを思いながら、僕は眠りに落ちた。

 

 

 

 

(つづく)