「俺ちょっとトイレ。」
「あ、はいよ。」
大野さんが言って、カズが大野さんのために一度立ち上がる。
2人の背丈がほぼ同じなのを見て、なにか分からないけど感情が動く。
大野さんがトイレに向かって、カズが奥の席に座ると、ハンバーグのプレートと飲み物を動かす。
「また立つの面倒だからね。」
「はは。」
「で、どう思う?」
「ん?」
「あの人、今日話してみてどんな?」
「ねえ、それってなんなの?これってなんか、お見合いみたいな感じなの?」
「ふはは。まあ、俺からしたらそんな感じよ?あの人言わないだろうけど、マジで翔ちゃんと知り合えたの喜んでんの。俺としては是が非でも仲良くなってあげて欲しい。」
「それって、カズはどんな立ち位置なの?」
「・・・保護者?」
「はははは!なんだよ。転校生の親みたいなやつじゃん。」
カズはにやりと笑って、僕はなんとなく張っていた肩の力を抜く。
「俺も友達にはなりたいよ?」
「そりゃ良かった。」
「もっと仕事のことも聞いてみたいし。」
「あの人ちょっと口下手だけど、翔ちゃんなら上手く聞き出せると思うよ。」
「なにそれ。」
「くはは。それなりの能力が求められるってこと。絵のほうが喋るより得意なのよ。」
「へえ。」
興味深い人だな。
いつか2人だけでも緊張しなくなったら、いろいろなことを聞いてみたい。
っていうか、僕はまだ緊張しているのだろうか。
すこし気取ってしまっている気はするけど。
「おー、おかえり。」
大野さんはカズの座っている位置を見て一瞬不満げな表情を見せる。
でもなにも言わずに空いている席に座る。
「トイレきれいだった。」
「それは良かった。」
「トイレが汚いと萎えますもんね。」
「そうなの。ここは合格だね。」
それから僕らは3人揃ってしばらく沈黙する。
いいタイミングでオムライスが運ばれてくる。
カズはもう半分以上食べている。
「今カレーライスもお持ちします。」
「はぁい。」
サーバーさんの言葉に大野さんがゆるく応える。
「デミグラスいい香り。」
大野さんが僕のオムライスをクンクンする。
可愛らしい人だ。
僕も大野さんのカレーが来たら同じことをしようと決める。
「カレーライスです。お待たせいたしました。」
「ありがとうございまーす。」
僕らは口々に言って、サーバーさんは丁寧にお辞儀をして去っていく。
「カレーもいい匂い!」
狙っていたとおりに僕もカレーをクンクンしながら言う。
「味見しますか?」
「あ、いや、そういうつもりじゃ・・・。」
「僕はしたいです、オムライス。」
「えっ、あー、じゃあ一口ずつはじめに。」
ニコニコの大野さんが、口を付ける前のスプーンでオムライスの端をたっぷりのデミグラスと一緒にすくう。
それを待って、僕も大野さんのカレーライスを一口すくう。
「「いただきます。」」
ハモるように言って、僕らはそれぞれ口に入れてモグモグする。
カズの視線を感じるけど、カレーの風味が鼻にを通り抜ける感覚のほうが強かった。
「うーまっ。」
「美味しい。」
大野さんも満足そうに微笑んで、僕らはしばし2人の世界に浸る。
いや、そう感じていたのは僕だけかもしれないけど。
「櫻井さんオムライス大正解。」
「大野さんもカレーライス大正解。」
「ふふふ。」
「ははは。」
「くふふ。もう俺次は来ないかんね?」
カズが2人に言う。
「「え。」」
「いいでしょ?慣れれば。今日慣れて?もうこの間だって俺がいないときに遭遇してるんだからさ。」
「確かに。初回と助けてもらった2回と・・・。」
「2回?」
「あー、2回目はさっきそこで。」
「どーしたの今度は?」
カズがびっくりした声を出す。
「自転車にひかれそうになったとこ助けてもらった。」
ちょっと恥ずかしかった。
「ふふ。あんなの別にだけどね。」
「すげえな。なんか不思議な縁でもあるのかな、2人。」
カズが本当に驚いている顔で言うので、僕もそうなのかなと考える。
「ふふ。」
「ってか、大野さんがただのストーカーだって説もあるけどね?」
「ねえわ。」
「はははは!」
そう考えると、本当にすごいことだ。
この短い期間で2回も大野さんに助けられるなんて。
別に僕はしょっちゅう誰かに助けられているわけじゃない。
2回あったピンチの両方に大野さんがヒーローさながらに現れたのだ。
縁、か。
大切にしたい縁だな。
僕は目の前でカレーライスをもりもり食べる大野さんを見て思った。
(つづく)