約束の時間が近づいて、僕はなんとなくソワソワしていた。
約束のカフェレストランはもう目と鼻の先だ。
あの日助けてもらってから、僕からは連絡していない。
お礼をもう一度と思ったけど、なんだか押し付けがましくなりそうでやめた。
そうしたら理由がなくなってしまったのだ。
久しぶりの3度目をどう始めていいかが分からない。
待ち合わせ場所を右に控えて、歩道の右端に移動しようとしたとき、突然後ろから左腕を強く引かれる。
僕の体はバランスを崩して大きく左に傾く。
「おわっ!」
それと同時に僕の右側を自転車が勢いよく過ぎて行く。
「あ・・・。」
「危機一髪。」
声の方を振り返る。
まだ腕を掴んだままで、でも今は倒れないように支えてくれているのは、大野さんだった。
「お、大野さん!」
「櫻井さん。」
落ち着いた声色でただ名前を呼ばれる。
「あ、はい。こんばんは。」
つい変な返答をしてしまう。
「ふふ。こんばんは。」
「あ、や、ありがとうございます!また助けてもらっちゃった。」
恥ずかしくてそれ以上言葉が出てこない。
後ろの確認もせずに道筋を変えるなんて、いつもならしないことだ。
「大丈夫ですよ。いいタイミングでした。ふふ。」
「ホントに!やっぱりスーパーヒーローですよね?」
「そんなんじゃないですよ。どうぞ?」
大野さんは店の扉を開けて僕を先にと促す。
僕はその扉を後ろから抑えて大野さんを中に誘導する。
ここは少し挽回しておきたい。
大野さんはすんなりと先に入って、店内を軽く見渡す。
「カズ先に来てるはずなんだけど。あ、いた。」
大野さんの視線を辿ると、カズが向こうで手を挙げて合図をしている。
「ふふ。今日はちゃんと来てますね。」
大野さんが僕を振り向いて言う。
「はは。ほんとだ。」
「翔ちゃん、久しぶり。」
テーブルに近づくとカズが言う。
「なんかそんな感じしないな。」
「だね。どこにする?隣よりは向かいでしょ?」
カズは一度立ち上がって大野さんと僕に座り位置を決めるように言う。
「俺はここ。」
大野さんが窓側の奥の席に入っていく。
それを見て僕はその斜め向かいに座る。
「ずらすの?」
カズが僕にコメントしながら大野さんの隣に陣取った。
「いや、なんとなくこっちのが落ち着くから。」
「ふーん。」
カズが少し不満そうな声を出し、大野さんは賛成するでも抗議するでもなく、微かな笑みを浮かべて座っている。
「俺もう頼んじゃったの。2人も決めな。」
カズがそう言ってテーブルの中央でメニューを開く。
「あ、そうなの?いつからいたの?」
「でも10分くらいよ?喉乾いちゃって。」
「なんかメシは?」
「俺はハンバーグ。頼んである。」
「俺オムライスにしよっかな。カレーも美味そう。」
大野さんが言う。
「オムライスいいな。あ、なにここフロートあるじゃん。コーラフロート懐かしいなあ。」
「コーラフロートは最近あんまりないですよね。」
「ですよね?俺頼んじゃいます。」
「ふふ。じゃあ、俺も。」
いいタイミングで店員さんがやって来て、僕らはそれぞれのオーダーを終える。
メニューを横に立てかけて、もらったばかりの水に口をつける。
思ったより喉が渇いていたのか、半分くらい一気に飲んでしまう。
「翔ちゃん、写真集出るんだって?」
「あ、知ってた?」
「んー。この人が俺にも買えってうるさいから。2冊買ってくれればいいんじゃんって。」
「しー。お前。」
「どうせバレるんだからいいでしょうよ。」
「はずいだろうが。」
「カッコつけてると仲良くなれないよ?」
「ばっ、お前。ちょっと黙っとけ。」
目の前で繰り広げられる会話が可笑しくて、僕はついクスクス笑い出してしまう。
学生の頃みたいでなんとも楽しい。
「翔ちゃん、次の本は大野さんに表紙やってもらいなよ。」
「表紙?」
カズが突然言うのに、大野さんもキョトンとしているように見える。
「そ。この人今度小説の表紙やるのよ。」
「えー、そうなんですか?」
「あ、うん。会社通して依頼があったらしくて。」
「へえ!俺その本買います。出たら教えてください。」
「ふふ。そんなのいいですよ。」
「俺大野さんの絵好きなんです。ゲームやってたらクセになっちゃった。」
「あ、翔ちゃんやってんの?」
カズから教えられてインストールしたゲームをたまの息抜きにやっている。
上手くはできないけど、大野さんの生み出したキャラクターのなんとも愛嬌のあること。
ほとんどそれらが動くのを見たくてプレイしているようなものだ。
「移動の時とかだから全然進まないけど。キャラ見てるだけで癒されちゃって満足。はは。」
「あー、分かる。ゲームのクオリティーよりもそっちになること俺もある。」
「カズは音楽作るのはどの段階なの?」
「ビジュアルできてからだね。パズルじゃない限りストーリーは最初にあるから、なんとなくの雰囲気は感じておくけど、この人のデザインによっては全く違くなるし。」
「急かすから大変で。」
大野さんが苦笑いする。
「ははは!遠慮なく急かしそうだな。」
「そりゃそうでしょうよ。んふふ。」
笑いながらカズを見る大野さんの視線が優しい。
カズは可愛がられているんだな。
僕もいつか、大野さんとこんな風に近しい関係になれるのだろうか。
(つづく)