写真集の出版が発売日を待つのみとなったある日、カズから連絡が入る。

頭の片隅にいつも引っ掛かりがあるままで、あれから10日は経っただろうか。

指折り数えていたわけではないけど、正直「やっと来たの?」と思ったりして。

 

 

「なんか久しぶり。」

 

『ごーめん、翔ちゃん。大野さんに連絡しろって言ってんのにしないからさ。』

 

「え?」

 

『なんか、恥ずかしいんだって。』

 

「ははは。」

 

そんなシャイな人には見えないのに。

本当は僕と話したくないだけなのでは。

 

『で、突然なんだけど、今夜どう?19時くらい。』

 

「またそんな急な話かよ。」

 

そう言いつつも、僕の心は既に出かける準備を始めている。

 

 

『だって一昨日から言ってんのにまだ連絡してないって言うからさ。誰が会いたがってんのよ、ホント。』

 

「はは。いいよ。実は今日から3日くらいは休めそうだから。」

 

『お、丁度いいじゃん。じゃあ場所は後であの人にメールさせるから。』

 

「はいよ。」

 

『じゃ、また後で。』

 

 

電話を切って、ソファに背中を預ける。

全身の力を完全に抜いて目を閉じる。

 

 

うん。

今日は大丈夫だ。

スッキリした気分で、良い体調で、大野さんに会える。

と、カズに。

 

ウキウキしているのを自覚してなんとなく恥ずかしくなる。

 

 

カズにちゃんと会うのは一年以上ぶりになるか。

いつだか僕が休養中のリハビリにと出かけた先で偶然会って数分の立ち話をして以来になる。

こんな風に頻繁に連絡を取り合うようになるなんて、不思議だな。

 

 

「ひげ・・・はもうちょっと後で剃るか。」

 

 

今は昼過ぎだから・・・と出かけるまでの時間をなんとなく逆算して、準備の計画を頭の中で立てる。

場所は分からないけど、2人の職場近辺ならどこでも30~40分で行ける。

あと4、5時間は余裕があるけど、何をしようか。

 

 

 ボーッとソファに座ってあれこれ思考を巡らせていたら、カウンセラーに勧められた自己分析のことを思い出す。

来週はカウンセリングがあるのにまだやっていなかった。

別に宿題という訳では無いけど、やってみてその話をするのはいいかもしれないと思う。

 

 

「あの紙どこだっけ。」

 

僕は立ち上がって仕事の資料が積んである机(テーブルだけど机として使っている)を物色し始める。

仕事のものとは分けてあるはずだけど、特に場所を決めているわけじゃない。

 

「あ、これか?あった、あった。」

 

 

「パーソナル プロジェクト分析・・・。」

 

カウンセラーがくれた紙は、インストラクションとマトリックスの2枚だ。

 

「今取り組んでいるプロジェクト・・・。小さなものでもか。」

 

 

僕は例に習いまずは5つほどを書き出す。

 

  • パーソナルタイムの確保
  • 睡眠時間の確保
  • 食事を楽しむ
  • 写真集の後の大きなプロジェクトを探す
  • 取り組みたい新しい何かを見つける

 

それからまた思いを巡らせる。

 

  • 大野さんと友達になる

 

はプロジェクトになるかな・・・。

 

 

それから、なぜそこに繋がるのかは分からないけど、

 

  • 恋人が欲しい

 

と思い至る。

 

 

「ん、これじゃプロジェクトってより希望か。けど取り組んでもいいのか?これ現在進行形じゃなくてもいいのかな。・・・書いて始めればいいか。」

 

 

ブツブツ言いながら、とりあえずマトリックスにその7つを書き込み終わる。

 

それからそれらについての14項目を0~10で評価する。

例えば「重要性」「簡単さ」「社会的責任」「やりがい度」などなど。

その評価の数字の合計を出して数字の大きいものが自分にとって大切で重点的かつ優先的に取り組むべきものと言うことになる。

 

 

「大野さんと友達になることの社会的責任はzeroだな。他者からの重要性も自律性も低め・・・。おいおい、ろくな数字にならないな。」

 

そんな独り言を自分で聞いて、ふと気づく。

 

 

僕は大野さんと友達になるというプロジェクトにちゃんと力を入れたいと思っているのだ。

この分析結果を不満に感じるくらいに。

 

 

「そっか・・・。はは。じゃあ、今夜は少し頑張ろ。なんか手強いけどなー。」

 

 

大野さんの柔らかな笑顔を思い出す。

 

 

なんともホッとする笑顔だと思った。

 

 

 

 

 (つづく)