『翔さん、おはようございます。』
「おはよう、松本。どした?こんなに早く。」
『すいません、起こしちゃって。実はちょっと急いで意見を聞きたい写真があって。今日のミーティングで見せる3枚にどうしても入れたいんですけど。』
「ん、起きてたからいいよ。それって、この間決めたやつ以外にってこと?」
『はい。昨日見直してたらいいの見つけちゃって。俺すごい好きで。』
「勝手に入れたって構わなかったのに。俺は松本を信頼してるよ?」
『分かってます。でもちょっと趣向が違うっていうか。送ったんでメール見てください。』
「はいよ。見たらそのまま返信する。」
『お願いします。じゃ、また後で。』
「はいはーい。」
今日は編集担当と写真集の最終稿をチェックする約束で、そのときに初刷版に付くおまけのカードの写真を3枚渡すことになっている。
誰が欲しいの?と抗議はしたものの、担当編集と松本、そしてたまたま居合わせた建築雑誌の編集長のゴリ押しに負けたのだ。
そう、つまり3枚ともに僕が写っている。
なぜ・・・。
松本からのメールの添付を開ける。
「ちょ・・・これじゃ俺が主役・・・ダメでしょこれは。」
僕の顔が写真の半分を占めている。
そして、後ろには旧古河庭園の焦げ茶のレンガと白い窓枠が申し訳程度に存在している。
確かにいい笑顔かもしれない。
なんの話をしていたんだっけ。
嬉しそうに斜め上に視線を向けている。
だが、さすがに趣向が違いすぎる上に、それこそ需要がないだろうと思う。
やはり写真集の性質上、建物が主役であるべきだ。
僕はそのままスマホで松本に電話をかけることにする。
3度ほど鳴らすと松本が応える。
『見ました?』
弾んだ声を出しているけど、これから僕が言うことに反論してくるかもしれない。
「却下。」
『えっ、なんでですか。めちゃくちゃ良い写真でしょうが。』
「だとしてもよ。資源ごみの一部になるご家庭がほとんどでしょ。」
『そんなことないですよ。翔さんのファンだから初版を買う人の方が多いんですから。』
「どこ調べなんだよ。」
『知らないのは翔さんだけですよ?いつも相葉さんの話聞かないんだから。アンケートの話題になると上の空でしょ。』
「はあ・・・」
『それに、この間言ってたファンの方だって絶対喜びますよ。』
相葉さんは僕の担当編集だ。
確かに彼がアンケートの話をしだすと僕はなぜだか意識が別のところに飛びがちではある。
松本に言われて、大野さんの笑顔が浮かぶ。
大野さんも買うだろうか。
写真集の宣伝はもう始まっていて、広告が記事の次ページに出ている。
知らないこともないだろう。
『買うし、おまけも喜びます、絶対。』
「あれ?今俺なにか言った?」
『言ってないけど分かりますよ。建築オタクも翔さんオタクも買うし喜びます。その人もです。』
「・・・お前が怖いよ。」
『ふはは。』
「分かりましたよ。まあ、捨てられても俺の知るところじゃないしな。」
『その通り。と言うことで、後ろ姿のやつと交換します。じゃ。』
松本は僕のそれ以上の反論を受け付けない宣言をするように急いで電話を切る。
「あっ。ちくしょ。」
建築評論家・ 櫻井翔のファンか・・・。
後ろ姿のもスタイル良く写ってていいじゃんか。
なんて。
でも分からなくもないのだ。
僕も記事のファンであるイコール筆者のファンであることが断然多い。
思想が好きすなわちその人のひととなりが好きなのだ。
写真を所有したいかどうかはともかく。
「ああ!」
こんなことをクヨクヨ考えるのはやめよう。
脳がストレスを感じる前に。
松本の言葉を信じることにしよう。
そして、大野さんが喜んでくれると思い込む。
それでいい。
「よし。よしよし。・・・寝癖直そ。」
僕は出かける支度をするために立ち上がる。
体は軽い。
今日は大丈夫だろう。
(つづく)