10、いや15分くらいは経ったのだろうか。

 

呼吸も落ち着いてようやく目を開くと、プランターだろうか、色とりどりの花が視界に飛び込んでくる。

 

「う・・・」

 

「眩しすぎないですか?」

 

「色が・・・多い」

 

 

そう言うと、大野さんが僕の目の前に手のひらをかざしてくれる。

 

 

「刺激が強すぎましたね。」

 

「はは。なにからなにまで。」

 

「座ってるだけですよ?」

 

「長い時間背中も頭も、全部助かりました。」

 

 

背中を伸ばしてみる。

バキバキといろいろな関節が元に戻される。

息もちゃんと吸えている。

もう大丈夫だ。

 

 

「ふぅ〜。」

 

「水持ってますか?」

 

「あります。」

 

僕はカバンから水のボトルを取り出すと、まず小さく一口、それからゴクゴクと一気に飲んで喉の乾きを癒やした。

 

 

「大野さん、スーパーヒーローみたいでした。」

 

僕は素直に感想を言う。

感謝も声に込めたつもりだ。

 

 

「ふふふ。大げさですね。」

 

「いや、まじで救世主。俺歩けてなかったですもんね。道の真ん中で。本当に助かりました。ありがとうございました。」

 

「いえいえ。駆けつけられてラッキーでした。」

 

「お恥ずかしいところを。」

 

「そんなこと絶対ないです。」

 

 

ビシッと言う声に、目の前の大野さんがキラキラして見える。

 

不思議な人だな。

寄り掛かりたくなってしまう。

 

 

「櫻井さん、どこ行くんですか?送っていきます。」

 

「そんな!大丈夫です。もうすぐそこなんで、東山出版。」

 

「あ、俺隣のビルです。ほら、これはもう運命です。」

 

 

大野さんの嬉しそうな表情にドキッとする。

運命なんて大げさだけど、実は僕も同じことを感じていたりして。

 

 

「はは。じゃあ、甘えさせてもらいます。実はちょっとだけ不安なんで。」

 

「任せてください。」

 

こんな風に正直に「不安だ」なんて、今まで誰にも言ったことがなかった気がする。

でも恥ずかしくないな。

 

 

僕は、力強く僕を助け起こす大野さんを不思議な気分で感じていた。

 

 

 

 

『翔ちゃん、今日大変だったって?』

 

「あ、聞いちゃった?」

 

『んー。大野さんがいて良かったじゃん。』

 

「いやまじで助かった。命の恩人。」

 

『はっは。まあ詳しいことは聞いてないけど、あの人はめっちゃ嬉しそうだったよ?連絡先交換したって。』

 

「した。何かあったらすぐ電話してくれって言ってくれて。俺多分する。」

 

 

本当にそう思っていた。

なぜか大野さんになら甘えられる気がするのだ。

 

 

『くはは。するんだ?まあいいけど、もっと気をつけてよ?寝不足とかさー。』

 

「ああ、それは、はい。今日で少し片付いたし。ご心配をおかけしました。」

 

『じゃあ、あとは俺なしでもいいよね?』

 

「ん?」

 

『会うとき、2人でいいでしょ?』

 

「え、それは来てよ。」

 

『なんでよ。あの人が会いたいのは翔ちゃんよ?』

 

 

「ねえ、それって・・・。」

 

『あ、俺もう行くわ。とにかく気をつけて。じゃね。』

 

 

僕は大野さんの・・・目的というのか、を知りたかった。

彼は一緒にいてもどこかひょうひょうとしていて掴みどころがない。

確かに優しいし、今日だってかなりゆっくりと時間をかけて僕の調子が整うのを待ってくれていた。

 

でも、カズに散々催促してやっと会えた相手が僕だとはとうてい想像できない。

いつでも電話してくれなんて言われたけど、連絡先だって僕から聞いたのだから。

 

 

実際のところ、本当に僕との出会いを喜んでくれているのだろうか。

 

 

リビングのテーブルに置かれたままのスマホに目をやる。

夜は必要以上にスマホを触らないようにしている。

これもカウンセラーから教えられたことのひとつだ。

いつもならもう寝る前に充電するために触るだけになる。

 

 

「お礼の・・・」

 

いやいや。

お礼だって今日散々直接伝えたし、もうこれ以上は逆に疎ましいかもしれない。

次に会ったらまた軽くお礼を言うくらいが丁度いいだろう。

 

じゃあ、他に理由は・・・。

 

いやいやいやいや。

 

 

「寝よう!そうだ、そうそう。」

 

時計を見るとまだ10時を少し過ぎたところだ。

最近ずっと寝るのが遅かったからまたリズムを戻すのにはいいかもしれない。

そして明日は6時に起きよう。

出かけるのは8時だから、ゆっくり新聞を読みながら過ごす時間ができる。

 

 

「まいったなぁ。」

 

 

歯磨きをしながら僕はまたあのチューリップを思い出していた。

大野さんのスケッチブックのそれと共に。

 

 

 

 

(つづく)