写真を見ながら智はすごく楽しそうだった。
来年行くならまだ2人とも行ったことのないところに行きたいとか、ここには自分がいるべきだったとか。
僕もすごく楽しかった。
おうちデートみたいで、最高だった。
ただ、ずっと潤のことが頭の片隅でズキズキとした痛みのように去らなくて。
「智くん。」
「ん?」
「突然なんだけど。ってか、智くんは突然と思うかもしれないけどこれは実は突然じゃなくて、僕からしたらずっともう長いこと思ってたことで。」
「うん。」
「今朝まではこんなこと言うつもりなかったんだけど。」
智は無言で僕の言葉に集中してくれている。
好きになって良かった。
少しの後悔もしていない。
もうそう思っていた。
「これはもう僕の中に留めておくには膨らみすぎてしまって。あー、こんな前置きはいらないか。ごめん。ちょっとまとめる。」
「ん。」
僕はひとつ深呼吸をする間に、一番素直な言葉を探し出す。
潤の顔が浮かぶ。
潤もまっすぐとシンプルな言葉でこれを言ってくれた。
「俺さ、智くんが好きなんだ。恋愛の意味で。」
「・・・・。」
智は僕からの説明のようなものを待っているように見える。
「あ、ごめん。えっと、潤に紹介してもらう前からいろんなところで見かけてて。いわゆる一目惚れってやつで。」
「ふふ。俺に一目惚れとかする人いるんだ。」
「・・・います。」
「ありがと。」
それを聞いて、僕はもう一度大きく息をつく。
「智くんは俺なんて相手にどう、かな。」
「うん。・・・さっき潤があんなこと言ってたでしょ。あれ、潤なりに本気で聞いてくれたんだと思ってて。もちろん俺が相手じゃなくて、潤も翔くんなんだろうけど。で、写真見ながら考えてたんだよね。」
「え。」
「結論から言うと、俺はどっちも選ばない。どっちも好きでどっちも好きじゃない。あ、これは潤に気を使ってるとかそんなんじゃないからね?」
「ああ、うん。分かってる。」
「どっちとも恋人にはなれない。でもどっちも大好き。多分他のどの友達より大好き。このままがいい。このままもっと仲良くなりたい。それが写真見ながら思ったこと。」
不思議と痛くなかった。
ガッカリはしている。
恋人になりたかった。
妄想の中のようにイチャコラしまくる仲になりたかった。
でも苦しみや痛みが無いのは智が愛情をもって応えてくれているからだろうか。
聞きたかった「好き」という言葉が、意味は違えど聞けたからだろうか。
胸を広げて、入り込んでくる酸素を入るだけ受け入れる。
「翔くん?」
「はぁ〜。うん。ありがと。信じないかもだけど、思ったより大丈夫かも。まあ、後でどうなるかは分からないけど。」
「ふふ。そうだね。潤もボロボロだったもんね。」
「潤に聞いてたの?」
「ううん。そうじゃないかと思っただけ。吹っ切れた顔で帰ってきたと思ったのに、さっきは荒れてたでしょ?」
「智くん鋭いねー。俺の気持ちも実は知ってた?」
「ふふ。それはない。びっくりした。始め何言われるのか不安だったし、ドキドキしたし。」
さっきまでは流暢に話してくれていたのに、今は恥ずかしそうにうつむく智が可愛らしくて、また気持ちが膨らみそうになる。
僕のためにあんなに凛々しくなってくれたんだと思うと感動すらする。
「あー楽しかった。また来て良くなったら教えてね。」
「あ、明日でも大丈夫だよ。別にクールダウンの期間とかいらないし。」
「ふふふ。じゃあ次は数学教えてもらうときね。」
「了解。」
智を駅まで送って部屋に戻ると、急に肩が重くなる。
息も浅くなって、喉が痛くなる。
さっきまでは、なんならスッキリした気持ちで「良かった」って思えていたのに、豹変もいいところだ。
潤もこんな感じだったのだろうか。
ベッドに倒れ込むように突っ伏してすすり泣く。
家族の帰りが遅くて助かった。
嗚咽がもれてしまって抑えられない。
鼻水やら涙やらが酷い。
枕元に置いているタオルを腕だけ伸ばして顔の下に引っ張り込む。
妄想だけで幸せだったのに。
下手に近づいたからこんなことになったんだ。
ただストーカーじみた行動だけしていれば良かった。
もう終わってしまうなんて。
こんなにまだ好きなのに、終わりだなんて。
目の前は暗いのに、めまいのようなグルグルがモヤモヤと浮かぶ。
奥の方に光でも見えるかと思うけど、胸が苦しくて集中もできない。
智は優しかった。
たくさん好きだと言ってくれて、もっと仲良くなりたいと言ってくれて。
だけど、僕が欲しいのは違う。
それじゃないんだよ。
「嬉しく ないよ 智くん・・・ちっとも 嬉しく なくて ごめん・・・ごめん」
届かない。
もう届かない。
こんなことで今まで通りになんてできるのだろうか。
来年の旅行や、数日後の数学の勉強会。
僕はちゃんと笑えるんだろうか。
智の顔を見ても泣かずにいられるんだろうか。
挨拶だってできる気がしない今だけど。
「やっぱやだよぉ。」
僕はことさら大きな声を出して泣く。
それしか方法がないかのように。
泣きさえすれば何もなかったような明日が来るかのように。
泣き終わって眠って起きたら、今朝の僕に戻っていることを祈りながら。
(つづく)