「はよ。」
「はよ。」
「え、もしかしてダメだったの?」
「んー。ばあちゃんに負けた。」
「ああ、ばあちゃんか。智、たまーに家族で予定断ってくるんだよな。そこが智のいいとこなんだけどな。」
「同感です。迷わないところがかっこよかった。」
潤は僕の横顔を少しの間見つめてから言う。
「俺と2人でいいのか?」
「残念じゃないと言ったら嘘になるね。」
「ふむ。」
「けど、2人で行くなら潤としか考えられないし。」
「・・・・。あ、そう。」
「んー。」
僕らはそこから数分間なにも言わずにただ並んで歩きつづける。
気まずさはないけど、なんで潤まで無言なのかが少し疑問でもある。
僕がここまで落ち込んでいるのだって、潤からしたら変だろうけど。
だからこそ、いつもならもうちょっと “ツン” を食らうような気がする。
気の毒に思ってくれているのだろか。
「んじゃ、昼にね。」
「おう。」
結局、潤と僕は昇降口でお互いに手をちょこっと挙げて挨拶するまで何も話さなかった。
途中で智に遭うこともなかったし、会話を再開するきっかけも別になかったのだ。
ほんの少し違和感を感じつつも、僕は自分の感情でいっぱいいっぱいだった。
それに、やっぱり気まずさは感じなかったのだ。
「あ、潤。」
「ん?」
「昼にでも計画詰めようぜ。」
「了解。じゃね。」
今日は普通に智と会えるだろうか。
廊下とか、トイレとか、どこかそこら辺で偶然。
まあ、そんなこと今までほぼ無かったわけだから、期待するほうがなんか不自然なのだけど。
それにしたって、本当に会えないとは僕は思っていなかった。
友達と呼べる距離になったのだから、もっと遭遇したっていいじゃないか。
「あ、翔くん。」
そう言って智が僕に手を振ってくれたのは6限目の直前で、僕は喜びで上手く挨拶さえできなかった。
「さっ!」
と、智の「さ」の字を叫ぶように言って手を上げたときにはもう、教室のドアから智の手だけがひらひらと見えていた。
悔しさに体を固めていられたのはほんの一瞬で、僕もすぐに教室に引っ込まなければならなかった。
なんていうタイミング。
そうなるともう授業なんてそっちのけで、僕が集中していたのは智の線の細いきれいな手を思い出すことだけだった。
僕に向けられて振られていたあの手。
いつか繋いで歩けないだろうかといろいろなシチュエーションを考える。
①
どこかに向かって急いでいる2人。
僕が智の手を引いて走っている。
電車?夜行バス?
間に合って、座って安心したら眠ってしまう智の頭が僕の肩に乗っていたらいい。
「ふう。間に合ったね、翔ちゃん。引っ張ってくれてありがと。助かっちゃったよ。」
「頑張っちゃったよ。遅れたら旅行の出鼻をくじかれちゃうもんね。」
「ふふ。いざとなると頼れる翔ちゃんだった。」
「ははは。任せてよ。」
「安心して眠くなっちゃった。」
「寝てていいよ?ほら。」
「やったね。じゃあお言葉に甘えて。」
手は繋いだまま。
繋いだまま座ることができるのはバスよりは電車かな。
でも人目があるからやっぱり離してしまうかもしれない。
でも甘い空気はそのままで。
智の頭から立ちのぼる香りを密かに楽しみながら。
ああ、いいな。
どこかに2人で行きたいな。
②
巨大な岩の上に2人で登るのはどうだろう。
僕が先に登って智を引っ張り上げる。
しっかりと手を握って、なんなら目と目を合わせて「大丈夫だよ。俺に掴まって。」なんて言って。
登ったら景色は最高で、並んで足を投げ出して座って、ペットボトルの水をシェアしたりして。
「すげえ!こんなに遠くまで見えるとは思わなかった。」
「ほんとだ。しかもこの岩あったかくて気持ちいいね。あー、水がうまい。」
「思ったより固く感じないね。」
「うん。寝れる。」
「ははは!頭、いいよ?」
「翔ちゃんも一緒に転がろうよ。」
「じゃあこれ頭に敷こうか。」
「潰れるもの入ってない?さっき買ったおにぎりとか。」
「ないない。食っちゃったから。」
「ふふふ。いつのまに。」
「智がコッペパン食ってるとき。」
「はやっ。」
僕らは僕のバックパックを枕に寝転んで。
そんなに大きくもないから頭はぶつかり合って。
肩も腕も触れ合って。
お互いの体温と太陽を浴びた岩の温度が心地よくてなんとも幸せで。
でも僕はきっと心臓の音が聞こえてしまわないかと心配したりもするのだろう。
大好きな智がそんなふうに隣にいたら、妄想でさえドキドキが止まらない。
平気なふりを全力でしながら、智の笑顔を引き出す努力を精一杯するのみなのだ。
(つづく)