「翔ちゃんといるからやっぱり楽しいね。ふふ。」

 

「俺だって智といるから楽しいよ。正直ここじゃなくてもどこでもいい。」

 

「・・・言ったね?俺は我慢してたのに。せっかくこんな所まで来たんだから。」

 

「ごめんっ。いや、もう言わずにいられなかった。」

 

「ふふふ。潤が具合悪いのは可哀想だったけど。」

 

「・・・確かに。俺はちょっと2人きりを楽しみすぎていた。」

 

「潤には内緒ね。」

 

「ははは!」

 

 

僕はもうにやけてにやけて仕方ない。

智は僕にすり寄るようにして歩いているし、僕はスキあらば智の香りを満喫している。

カップルでしかない会話も最高だし、これから宿に戻って2人きりの夜を迎えるのも非現実的な嬉しさだ。

 

 

「お腹空いてきたな。」

 

「お、奇遇だね。俺も。」

 

「ふふふ。お昼一緒に食べたんだから奇遇とかじゃないでしょ。」

 

「ばれた?」

 

「なんでも奇跡とか運命だと思うのやめてよね。」

 

「だめ?だって俺は正直この会話さえも奇跡だと思ってるわけで。」

 

「ちがくて、当たり前の当然。翔ちゃんと俺がこうしてるのだって、奇跡じゃなくて必然。」

 

 

僕は智のそのセリフに感動して言葉を失う。

ただ目の前で輝きを放つ智をジッと見つめる。

 

 

「ふふふ。あんま見ないで。」

 

「・・・あ、あーごめん。いや、そうか。そう言われるとなんていうかそっちのほうが嬉しいっていうか。」

 

「ん?」

 

「叶わないと思ってたのにどんでん返しが起きたってより、必然的に惹かれ合ったっていう方が永遠を感じる・・・って重いか。」

 

「ふふふ。重くないし。永遠であって欲しいし。」

 

智の笑顔が眩しくて、その光をよけて捉えた智の体に無性に触れたくなる。

 

 

「え、今すぐ抱きしめたい。」

 

「え、だめだよ。」

 

「え・・・。」

 

「公衆の面前。」

 

「・・・はい。我慢します。」

 

「ふふ。」

 

 

僕は肩を落として、智がその肩に自分の肩をぶつけてくる。

 

 

「7時までメシになんないから、なんか甘いもの買って宿に戻ろーよ。」

 

「うん。」

 

「俺さっき見たまんじゅうのとこがいいな。」

 

「・・・あれは美味そうだった。」

 

「ちょっと翔ちゃんしっかりして?宿だよ?宿。部屋には翔ちゃんと?」

 

 

尋ねて智が僕の顔を覗き込む。

 

「ん?」

 

黙ったままの僕に智が返答を促す。

 

 

「部屋には俺と・・・智・・・。」

 

「そ。早く行くよ?」

 

「は、はい!」

 

 

 

 

目覚ましマジで憎い。

 

宿に戻ってイチャイチャするまで待っててくれてもいいのに。

 

昨晩の妄想が楽しすぎて、僕は続きを夢で見ていたのだ。

目が覚めれば、一緒に旅行に行けない現実が待っているだけだった。

 

 

ため息をひとつつく。

力なくてすぐにベッドに落ちてしまいそうなものだった。

 

 

「行きたくねぇ。けど智くんには会いてぇ。」

 

 

現実は厳しい。

眼の前に広がる白い天井。

首をひねれば、いつも通りの机とそばに置いてあるカバン、クローゼットのドアに引っ掛けてある制服。

なんだか物悲しい。

 

 

けどまだ片思いを終わらせたわけじゃない。

終わらせたいと思ってもいない。

失恋はしていない。

想いさえ告げていないのだから。

 

こんなことで動けなくなっていたのでは未来など望めない。

 

 

「・・・よし。」

 

 

声に力はこもらなかった。

でも、体は起き上がることができた。

もろいなぁって思うけど、これは僕の初恋のようなものだから仕方ない。

 

 

僕は自分を甘やかしながら、直近の失望と未来への期待とを往復する感情を引きずって部屋を出た。

 

 

 

 

(つづく)