「翔、目。」
「ん。目。ん?目?」
「目がいっちゃってる。」
潤の声で僕は我に返る。
そして、一瞬にして頭が真っ白になった感覚。
「大丈夫か?」
「あー、潤?」
「んー。」
「今智くんがここにいたってことは・・・?」
「ない。」
クラクラする。
僕は持っているメロンパンを枕に机に突っ伏すと、目を閉じる。
無意識の妄想は初めてかもしれない。
こんなふうに妄想であったことが絶望的に悲しいのも。
「翔。」
潤が優しく僕の頭をポンポンする。
慰めていると言うよりは、起きろと言っているような感じだ。
「潤。」
「はいよ?」
「メロンパンは枕にするにはザラザラ。」
「だろうね。」
潤の声は通常運転のさっぱりしたもので、僕は少し安心する。
「でも俺はこのまま眠ってしまいたい。」
「具合悪いのか?」
「まあ、そうとも言える。主に心の。」
「ふむ。」
「一気に放課後までタイムスリップしてしまいたい。」
「まあ、そのまま寝てりゃーおんなじようなもんだけどな。」
「・・・確かに。」
「保健室連れてこうか?」
「・・・いや。次は数学だからサボれない。」
「なんで。大丈夫でしょ?」
「智くんに教えられるようにちゃんと授業は聞いておきたい。」
「・・・あと俺ね。」
「・・・そう。あと潤と。」
「ふはは。重症だな。ってか、そんなんなら俺が智に言っとくよ。でも詳しいことは翔に聞けって言っとくかんな。」
なんで分かったの?
と聞こうと思ったけどやめた。
答えが恥ずかしいものであることは確定だから。
「もし断られたらまたそんなんなるのか?」
「かも。だって4人部屋に潤と2人きりは・・・。」
「別にいいだろうよ。」
「・・・そうだね。」
「ふははは。なんかムカつくなぁ。」
潤はもう一度僕の頭をポンポンして、優しい声を出す。
「まあ、今回ダメでもまた機会はあるだろうし?俺ら2人だけでも絶対楽しいと思うけどね。」
「んー。楽しいだろうね。間違いなく。」
「メロンパン、ぺったんこだぞ。ちゃんと食えよ?」
「汚くね?」
「知るか。もったいないだろうよ。」
「枕としての運命を全うしてもらう。今何時?」
僕は相変わらず突っ伏したままで、弁当を片付け始めている潤に聞く。
おでこの下のメロンパンは刻一刻と弾力を失っていっている。
「あーんと、あと10分。俺便所行くから。」
「了解・・・。俺はチャイムまでこうしてる。」
「気の毒なメロンパンだな。翔に買われたばっかりに。」
「確かにね。・・・なんか、おでこ痛い。」
「そうだろうね。メロンパンの恨みだ。じゃあな。」
「うん。また後で。」
潤は借りていた椅子をもとに戻して去っていったけど、僕はやっぱりまだおでこでメロンパンを潰し続けている。
今ここに智が来たら、かなり恥ずかしいおでこで挨拶をしなくてはならない。
それは嫌だな。
でも智は来ない。
来るはずがない。
さっきのは全て妄想だったのだから。
僕はそんな絶望にも似た気持ちのままでチャイムが鳴るのを待ち続けていた。
(つづく)