僕の人生最高レベルの幸せを噛み締めた放課後、僕は今までにないくらい気をつけて家までの道を進んだ。

今日死んでも悔いはないかもと思ったのはほんの一瞬で、僕はもう次に智と過ごす時間のことを考えていた。

 

 

みすみす命を落とすわけにはいかなくなった。

全力で生きて、なんなら余力で一日一善。

徳を積んで更に良いことを呼び寄せるべし。

 

 

「恋って生きる糧になるんだなぁ。」

 

僕は歯ブラシを咥えたままモゴモゴ呟く。

 

「なに?」

 

「うをっ!あんあおいっういううあお(なんだよビックリするだろ)・・・」

 

「ん?どしたって?いいから、そこのピアス取って。」

 

姉が洗面所の端を指さして言う。

見ると、小さなピアスが確かにそこに残されている。

僕は鼻から大きく息を吹き出すと、ピアスを姉に手渡す。

 

 

「サンキュ。あ、翔あんたのそのニヤケ顔だいぶヤバいから気をつけて。」

 

「うっへー!はやく行けよ。」

 

僕は歯ブラシを抜いて少し上を向いて言う。

 

「はは、いやマジで。おやすみ。」

 

ヒラヒラと手を振って姉が去っていく。

 

 

ニヤケ顔...。

鏡を見ると確かに表情の緩みきった自分が映る。

 

余計なお世話。

今日の僕を不機嫌になど誰にもできないのだ。

 

 

次はいつになるのだろう。

ぼくから誘うのは変だろうか。

 

 

 

 

 

「智くんがこの学校に入ってくれて本当に良かった。俺マジでその奇跡に感謝してる。」

 

向かい合って座る智に僕は恥じらいもせずに言う。

 

「ふふ。まぐれの奇跡。授業ついてくの大変でちょっと後悔してるけど。」

 

「そうやって思って一生懸命なところが偉いよ。附属推薦決まってんだし、もういいやってならないでさ。」

 

「入ってからまた大変だったらやだしね。」

 

「もう3年だもん。これまで留年なしなんだから誇るべきでしょ?」

 

そう言った僕を智はしばらくまっすぐと見つめていから表情を崩す。

 

 

「ふふふ。翔くんのそういうところが好き。翔くんにかかると俺のネガティブがみんなポジティブに変わっちゃう。」

 

「好・・・!」

 

「あ、ふふ。ごめん。俺から言われんのも微妙だよね。」

 

僕は嬉しくて言葉を発せない代わりに頭をブルブル振って見せる。

微妙なんかじゃない。

これだから録音するべきだと昨日思ったはずなのに。

 

 

「今日は潤もいないのに急にごめんね。」

 

「ううん。全然だよ。こんな風に頼ってもらえるの本当に嬉しいから遠慮なんてしないで。」

 

「うん。俺、今日・・・2人きりになりたかったんだ。」

 

「え・・・」

 

「あ、いや、言い方変になった。なんて言うか、独り占め?独占・・・同じか・・・」

 

「ふ、はは。」

 

智があまりにも可愛いくて、ドキドキし過ぎて、僕はつい小さく笑う。

 

「ふふふ。」

 

それを聞いた智も恥ずかしそうに小さく笑う。

 

 

「信じないだろうけど、それ、半端なく嬉しいよ。」

 

「ほんと?」

 

「うん。」

 

「ふふふ。」

 

 

 

智の嬉しそうな恥ずかしそうな笑顔が脳裏に浮かんだタイミングで、僕はスーッと眠りに落ちていた。

 

 

 

 

(つづく)