「可愛いとか俺に言われても引くよね。ふふ、ごめん。」

 

「ん”、んん”ん。いや、引かないよ。嬉しい。」

 

僕はメロンパンの名残を咳払いで解消してから言う。

もう素直な気持ちを言うのが、当たり前だけど一番自然だと思う。

 

 

「翔は褒められるのに弱いからな。動揺しただけだよ。こう見えて喜んでんの。」

 

潤が言って、智が「そうなのか」と相槌を打つ。

 

 

「潤が俺をもっと褒めれば免疫つくんだよ。」

 

「は。機会を与えられればそうしますけど。」

 

「毎日100はいけるはずだろ。」

 

「無理です。1も無理です。」

 

「1は絶対あるだろ。」

 

「気づかせてみろ。」

 

「はあ?」

 

 

そんな僕らのやりとりを見て、智が吹き出す。

 

「俺もそんな感じで言い合える幼馴染み欲しかったなあ。」

 

「そんないいもんじゃねえよ。」

 

「そうそう。そんないいもんじゃない。」

 

僕は潤をひと睨みしてから智に言う。

 

 

「でも、大野くんが一緒にいる人たちは優しそうでいいじゃん。たくさん褒めてくれそう。」

 

「ふふ。まあ、あいつらはそうだね。一緒にいると安心するよ。」

 

「いいなあ、大野くんにそんなこと言ってもらえんの。」

 

「翔くんといるときも俺は安心してるけどね。」

 

「え?まじで?」

 

「智、あんまりやめとけって。」

 

潤が智を止める。

 

 

「なによ。潤だって俺が一緒にいて楽な一人だよ?」

 

「妬いてるわけじゃなくて。」

 

「潤、邪魔すんなって。俺だって大野くんに褒められたいよ。たまのチャンスなんだから。」

 

潤はなんだか不満顔のまま黙り込む。

なんだ?

もしかして潤も智を好きだとか・・・?

こんなイケメンがライバル?

 

 

「ごちそうさま。あ、俺今日社会科の当番だったのさっき思い出したのよ。資料室行ってからまた来るわ。智、宿題な。無駄口叩いてないで終わらせろよ?」

 

「そうだ。翔くん、それ食べたら始めてもいい?」

 

「うん。いいよ。」

 

 

潤が席を立って中断された話題はもう戻らず、僕らは残りを食べ終わると数学の宿題を机の広げる。

 

智はいつも通りの穏やかな表情をしているけど、僕は内心ドキドキが止まらない。

2人きりで向かい合って座る日が来るなんて、夢に見るのもおこがましいと思っていたのに。

 

この日を僕は一生大事に覚えておくのだ。

 

 

 

「じゃあ、よろしくお願いします。」

 

智が姿勢を正してペコリと僕に頭を下げる。

 

「ははっ。こちらこそ。」

 

可愛い!

待て俺、数学を教えるという作業を落ち着いて成し遂げるのだ。

 

僕は智に分からないように深い呼吸をする。

 

 

「どこからやろうか?」

 

「実は全部わからない・・・。」

 

智は遠慮がちに言うと、上目遣いで僕を伺うようにする。

 

「・・・う、あ、ゴホン。じゃあ、順番にやろ。だいたい3問づつやり方が同じのがあるから、最初の説明したら2問解いてみるって感じで。」

 

「・・・すごい、もう解りやすい。」

 

「ははは。嘘でしょ。」

 

「ふへへ。だってそんなパターンにさえ気づいてなかったもん。」

 

 

「もん」は衝撃的に可愛いからもう使わないで・・・と内心悶えながら僕は1問目の説明を始める。

 

 

「あ、途中でも分からなかったら聞いてね?」

 

「はい。」

 

智は真剣そのものだ。

僕もいちいちトキメイてないで真面目にやらなければ。

 

 

「待って、翔先生。今のもう一回。」

 

「うっ。」

 

「ん?大丈夫?」

 

「ん、ちょっと水を・・・。」

 

 

もしかしたら僕は智の可愛さに殺されるかもしれない。

15分後に僕の心臓が爆発していても僕は驚かない。

 

「翔先生」・・・このセッションを録音するべきでしたね。

 

 

「大丈夫?」

 

「ん。ごめん。これね?」

 

僕は違う言い方で同じことをもう一度説明する。

 

「あー。なるほど。」

 

智は得心した顔で、ノートに解答のプロセスを書いていく。

 

「そのまま進んで?」

 

僕は智に最後まで解いてみてと促す。

 

「うん。」

 

智は顔を上げずにそのまま手を動かす。

 

 

それを見つめながら僕は思う。

僕の妄想の中の智よりも本物のほうが可愛いとか奇跡ではないのか、と。

 

だって僕は妄想の中の智を本当に僕のいいように動かし続けて、僕に甘い、僕にべた惚れの、これでもかと可愛い人物像を作り上げているのに。

目の前で今僕を「翔先生」と呼ぶ智の破壊力は、妄想の数倍は上を行くものだ。

 

 

「どう?」

 

「できた?」

 

僕の方に向けられたノートを見る。

解けている。

 

 

「正解。」

 

「うそっ?」

 

「嘘じゃない。次やってみて?ちょっと応用だから分からなくても大丈夫だから。」

 

僕はノートを智の方に返して言う。

 

「はい。」

 

智の頬が嬉しそうにピンクに染まる。

 

これが妄想ではなくて現実だなんて。

 

 

 

 

(つづく)