潤との通話を終えて30分ほど経った頃だろうか。
智から連絡が来ないまま、僕は眠気に襲われていた。
「ねみい・・・。今日はいろいろと緊張したからな。」
フラフラと歯を磨くために階下の洗面所に向かう。
階段を下りているときに、ポケットのスマホが3回震える。
LINEだ。
慌ててその場でスマホを開く。
智からのメッセージだった。
『翔くんこんばんは。明日の昼に良かったら数学の宿題を教えてほしいのだけど。翔くんが良ければ潤と一緒に翔くんのところに行きます。返事は明日でもいいよ。おやすみ。』
「やっっっっった!!」
僕はスマホを握りしめて両手でガッツポーズを作る。
「なーにーー?」
母が居間から声を上げる。
「あ、こっちの話!」
僕は階段に座り込んでもう一度智からのメッセージを読み返す。
母はもう納得したのか何も言ってこない。
僕の心臓はまるで階段を3往復走りきったかのように激しく脈打っている。
信じられない。
数学がちょっと得意だからってこんなにいいことが起きるとか。
勉強はしておいて損はないのだ。
明日は早起きをしてシャワーを浴びて行こう。
寝汗をしっかり流して、説明するために接近しても臭くないように・・・。
その前に返事をしなくては。
なんて書こうか。
『もちろん。明日の昼ね。』
もっとちゃんと長いほうがいいかな。
『大野くん、こんばんは。宿題のこと了解。お昼に待ってます。おやすみ。』
堅いかな。
もっと崩れてないと嫌々引き受けてるみたいに読めるかもしれない。
『大野くん、連絡ありがと!俺で良ければもちろんだよ。明日待ってる。』
とか?
「よし、それだな。」
「だから、何?」
いつの間にか母が階段下から僕を見上げている。
「うおっっっ!!」
「ははは。あんた大丈夫?疲れてる?」
「大丈夫だよ。こっちの話だってさっき言ったでしょーが。もうびっくりすんなー。」
「ごめん、聞こえなかった。お風呂入る?」
「もう帰ってきてすぐ入った。歯磨くとこ。」
母は僕の髪に一瞬目をやってから言う。
「あー本当だ。サラサラだ。ほんじゃあお休みね。」
「んー。おやすみ。」
母はもう一度僕を見上げてからリビングの方へ行ってしまう。
今や智からのメッセージと母が突然現れたのと、どっちのせいでドキドキしてるのか分からない。
胸に手を当てる。
いや、多分確実に智との初の本当のやりとりのせいだ。
心地よく、でもソワソワして落ち着かなくもある。
僕はさっき思いついたけどびっくりしたせいで飛んだ文章を、もう一度頭に思い浮かべる。
『大野くん、こんばんは!俺で良ければもちろんだよ。明日の昼ね』
そこまで打ち込むと、手のひらの絵文字をひとつだけ添える。
このまま少し会話を続けるのも嬉しいけど、心臓がもたないかもしれないし。
暗に明日の昼までバイバイ的なニュアンスを含ませたけど、通じないでくれてもいい。
僕は智のことになると自分でも呆れるくらい優柔不断だ。
優しくて柔らかくて断れない、のならいいけど、優しくしたくて柔らかく見えたくて断言できないし断りたくない、というのが本当のところ。
できれば智がこの関係のすべてを前に進ませてくれたらいいのに。
そんな甘えたことを思っている。
「歯磨き、歯磨き。息が臭いとか最悪だしね。」
僕は歯を磨いて部屋に戻ると、寝間着に着替えてベッドに寝転ぶ。
寝不足は顔に出るし。
智からのメッセージがこれ以上来なければもう朝まで寝てしまおう。
枕元の目覚まし時計をいつもより1時間早くセットして、電気をリモコンで消す。
こんなに嬉しくて眠れるかな、なんて思ったのもつかの間、朝目覚めると智からの『ありがとう!』が届いていた。
(つづく)