高3になったばかりの頃、僕は智に一目惚れをした。

 

あの日あのときの風景や智の様子なんかを僕は今でもはっきりと覚えている。

更に言うなら、偶然の遭遇や、奇跡的に持てた会話の機会たちもちゃんと覚えている。

 

だけど、自分の気持ちが育ってきた過程を、僕はどちらかと言うとちゃんと追えていない。

妄想力ばかりがたくましくなって、でも現実の僕は目を見て挨拶をすることすら下手くそなままだ。

 

 

一昨日、明治神宮を智と潤よりも先に去らなければいけなかった僕は、「またね」と微笑む智に小さく手を振り同じ言葉を返した。

連絡先は聞いていなかった。

 

北池の近くから一人で早歩きしながら、僕はまた泣きそうになっていた。

さっきは喜びで泣きそうだったのに、今の僕はなんだ。

あんなに優しくて可愛らしい智の連絡先さえも聞けないなんて。

 

感じた自己嫌悪は僕史上最悪のものだった。

 

もしも次の機会がやってくるのなら、僕はいつもの僕をしばし捨ててでも智との距離を縮めるべく努力しなければ。

 

 

 「あ、翔。」

 

「おう潤。ちょいお便所。俺んとこで待ってて。」

 

「いや、すぐ戻るけど、智が撮った写真送るからLINE繋げてほしいって。」

 

潤が僕の横をついて歩きながらサラッと言う。

僕は急ブレーキをかけて立ち止まる。

 

「LINE!?」

 

「ふはは。漏らすなよ?」

 

「少しちびったかも・・・じゃないのよ!・・・・では後ほど教室に参りますと伝えて。」

 

僕はなんとか体勢を立て直すと、潤にヒラヒラッと適当に手を振って速歩きでトイレに向かう。

 

 

まじか。

まじなのか。

あんな意気地なしだった僕にこんな救済措置が・・・。

 

本当にちびりそう。

嬉しくて。

 

トイレどこだっけ。

 

 

気づくと数歩通り過ぎていて、僕はクルリと体を捻るとドアの前で一呼吸ついた。

 

「すげえ・・・。」

 

 

「あっぶねっ!ごめん、櫻井。」

 

ドアが目の前に迫って、同じクラスの男子が僕に声をかける。

 

「あ、こちらこそっ。」

 

「大丈夫?なんか顔赤いけど。」

 

「えっ、そう?んー、気分はどちらかと言うと良いよ。」

 

「そ?入んの?」

 

ドアを開けて押さえてくれた彼は僕に入るように合図をする。

 

「ありがと。」

 

「おう。無理すんなよ?」

 

 

 

手を洗いながら鏡を見る。

確かにまだ耳が赤い。

洗ったばかりの両手を耳に当てる。

ひんやりと気持ちいい。

 

 

写真のためだけど。

LINEが一番いいからだけど。

 

僕はもうすぐ智と一筋の繋がりを持つ。

 

おめでとう、ありがとう。

 

ついでに潤もいつも間にいてくれてありがとう。

いい友だな。

幼馴染、腐れ縁バンザイ。

 

僕もいつか潤が好きな人とのことでサポートが必要になったら、努力は惜しまないよ。

うん。

 

 

 

 

休み時間。

僕は担任と一緒に職員室に向かっている。

本当ならスマホを抱きしめて智に会いに行っていたはずなのに・・・。

 

「悪いな、櫻井。ちょうど渡したいものもあったんだ。」

 

「・・・はい。」

 

「おい、めちゃめちゃ不満そうだな。」

 

「ちょっと用事があったんで。」

 

「おう、そうか。なら断ってくれたら良かったのに。」

 

「え・・・。」

 

「そしたら村上でも捕まえたのに。」

 

「えー・・・。」

 

「まあ、今更か。スマン。」

 

 

たくさん謝ってくれる担任に、膨れている自分が少し恥ずかしくなる。

 

「でも次の休み時間でも大丈夫なんで。」

 

「そーか。ありがとな。」

 

「いえ。」

 

 

少し気を取り直して職員室に入ると、なんとそこに智がいた。

 

「え。」

 

「あ、翔くん。おはよう。」

 

智が気づいて声をかけてくれる。

そのさり気ない笑顔にドキドキしてしまう。

 

「お、おはよ、大野くん。」

 

「潤から聞いてくれた?」

 

「うん。次の休み時間に教室行くから。」

 

「おっけー。じゃあね。」

 

「うん。あとで。」

 

コソコソした感じでドアを開けて出ていく智をつい見つめる。

一緒に戻りたかったな。

 

 

「櫻井、それここ置いてくれ。」

 

僕は持っていたノートの束を指定されたところに置くために体を反転させる。

 

「そんで、これ。興味ないかと思って。」

 

「・・・スピーチコンテストですか?」

 

「まあ強制じゃないけど考えといてよ。学年から2人くらい出そうと思ってるんだよ。お前が附属行くってやっと分かったからさ。準備の余裕もあるだろ。」

 

「・・・はあ。」

 

 

「やっと」に力を込めて言った担任から渡されたのは高校生英語スピーチコンテストのエントリーシートだった。

1年のときに同じものに出た。

結果はまずまずだったけど、さすが高校生ともなると皆レベルが高くてびっくりした。

週に一回英会話を習っているだけの僕でいいのだろうか。

 

 

 

 

(つづく)