僕の全ては君でできている。
こんな言い方をすると、まるで僕が君にとっても大切な存在であるかのように思える。
そうならいいのになと切に願う。
毎日。
本気で。
「緩んでんぞ。」
僕を現実に引き戻したのは、なぜか高校までずっと一緒の幼馴染だ。
「おはよ。いたの?」
僕は頬に手を当てながら言う。
「ずっといた。翔のそれさ、 ・・・。」
「なに?」
「いや。まあいいよ。」
「なによ。」
潤は早足でどんどん僕との距離を広げていく。
僕は小走りで潤に追いついてから言う。
「潤、進路決まった?」
「んー。まあ、なんとなく。」
「まじか。」
「え、翔は決まってんのかと思ってた。」
「んー。」
去年は決まっていた。
このまま付属の大学で経済の勉強をしようと思っていたのだ。
だけど。
智はどうするんだろう。
「来週提出だろ?母親にも話さなくちゃいけないしな。」
進路希望の書類のことだ。
「そうなの。てきとーなこと言ってるとしばかれるからさ。」
「ふはは。翔の母ちゃん怒ると怖いもんな。」
「本気出してくるかんなー。」
「翔が本気出さないからだろ。」
「おっしゃる通り。」
最近考えることと言ったら、進路のこととは程遠いことばかりだ。
だって、卒業までの9ヶ月が僕にとってどれだけ大切なものかを、日々実感しているのだ。
「あ、智。」
潤が道の反対側の歩道を歩く智に軽く手を振る。
僕も目線を送るけど、目礼だけして目をそらす。
今日も寝癖が残ってる。
めちゃめちゃ可愛い。
眠そうな歩き方も、うっすいカバンも。
最高に可愛い。
「智の寝癖、毎回違うとこについててウケる。」
潤がクスクス笑う。
「あれ、見えるとこだけ直して来てんだって。」
「はは。そうなんだ。あれ大野くん気づいてないのか。」
「いや、周りから言われたりしてるんだけどね。でも、自分で見えなければいいって感じみたいよ?」
「ははは。マイペース。」
人目なんて気にしない心の強さがあるんだな。
そういうところもいいな。
僕なら毎朝直してあげるのに。
「智、ここ座って。」
「おはよー翔ちゃん。」
智がふわりと微笑んで、僕の引いた椅子にちょこんと座る。
「今日も一段といい寝癖ですね、お客さん。」
「ふふ。」
僕は後ろに立って、用意していたコームと水と少しのラベンダー精油が入ったスプレーで、智の柔らかい髪を整え始める。
「毎朝すみません。」
「いえ、仕事ですから。」
僕は凛々しい声を出して、智の髪を撫で続ける。
「ふふふ。翔ちゃんがやってくれるなら、なんも直さないで帽子被って来ちゃおっかな。」
「ははは。別にそれでもわたくしは構いませんが。」
「ふふふ。」
この寝癖が永遠に直らなければいいのにと、終わりを惜しみながら僕は智のつむじを見つめる。
「翔、予鈴鳴るぞ。」
「ん、ああ。」
また潤に現実に引き戻されて、僕は学校の門を通り抜ける景色に意識を移す。
智が20メートルほど前を歩いているのが見える。
そう。
僕が大野くんを智なんて呼べるのは、毎日何十回と繰り広げている妄想の中でだけだ。
僕らは友達でもないし、大野くんがどれだけ僕を認識しているかもわからない。
彼のつむじなんて見たこともない。
僕は、ある日潤が挨拶をして、それにふわりと微笑んで応えた大野くんに一目惚れした。
2年以上彼を知らずに過ごしてしまった後悔と、卒業までの残りの時間をどう過ごすか。
これが現在の僕の脳みそを占める大きな問題なのだ。
(つづく)