「じゅ・・・翔ちゃん?」
「・・・ん?」
ほんのたまにだけど、気をつけていないとつい潤の名前を呼びそうになる。
潤との時間の方が僕にとっては断然長いのだから、仕方ないと言えば仕方ない。
翔ちゃんは聞こえていないふりで返事をする。
ちょっとだけ、切ない笑顔で。
以前の僕の知っている翔ちゃんなら、ちゃんと怒っていたんじゃないかと思う。
「ちょっと、ちょっと、ちょっと、誰と呼び違えてんの智くん」なんて、僕に詰め寄って。
変えてしまったのは、最近「ここ」に来るようになった僕かもしれない。
あの日翔ちゃんを選んだ方の僕なら、翔ちゃんにあんな顔をさせたりしないだろう。
そんな怒らない翔ちゃんだから、僕は自分も一緒になって傷ついていた。
それに僕から謝るのも間違いのような気がしてできなかった。
見えない溝が広がって深まっていくのを、翔ちゃんも僕もちゃんと感じていた。
そろそろ潤に会いたいと思うことが増えてきて、そうすると自然と、翔ちゃんといる時にも上の空になってしまうようなことが多くなる。
「仕事忙しいの?」
翔ちゃんにリクエストされて作ったオムライスは、小ぶりのエビをふんだんに入れていた。
口触りが良くて、ちょうどご飯を避けてエビだけを口に入れたところだった。
「まあまあ。なんで?」
アメのようにエビを口の中で転がしながら応える。
「気づいてない?さっきからあなたかなり上の空よ?」
「・・・・。」
「なんか心配ごとあるよね?」
翔ちゃんに隠しごとをして、隠しきれたことがあっただろうか。
なんて、また意識が現在から逃げようとする。
「智くん。食べ終わったらお茶入れるから、ゆっくり座ろ?」
「風呂入りたいしな。」
「風呂の後でもいいよ。俺に話そ?」
「なにを話せばいいのかが分からん。」
「・・・・。」
チラリと見た翔ちゃんは、眉間にシワを寄せて、今にも泣き出しそうな顔をしている。
「や、てか、ホントになんも無いから。泣くな。」
「だって・・・せっかく一緒に住んでるのに智くんは俺にはあんまり話してくれない・・・。」
「そんなことないだろ。」
「あるね。あります。」
僕は黙り込む。
いない間のことは分からないけど、確かにこの夢にいる時の僕には翔ちゃんに言えないことが多い。
「100パー全部話してなんて図々しいことは言わないよ?でも、一緒にいてもここにいない理由なら知っておきたい。俺になにかできるならしたいし。」
「ん。ごめん。ちょい考える。」
本当のことを言うつもりはなかった。
初めてこの夢で翔ちゃんに会った時、もう充分傷つけたから。
「考えんだ。」
そう言って、今度は翔ちゃんが黙り込む。
怒ってるように見える。
怒られたことも、こんな顔をさせるようなケンカをしたこともないから、確かではないけど。
今翔ちゃんは怒ってるように見える。
だからって何ができるんだろう。
僕はこのまま潤を諦めるつもりもないし、何もかも話して翔ちゃんを傷つけるつもりもないのだ。
「ごめん。大好きだよ、翔ちゃん。」
「・・・ん。」
翔ちゃんは、翔ちゃんの分だけ倍の量で作ったオムライスを無言で頬張り続けた。
リスのような頬はいつも通りでも、そこには笑顔が無かった。
(つづく)