「切り替えろよ?」
僕の不満げな表情を読み取ったのか、潤が言う。
「2人きりの空間なのも久々なんだからな?」
「うん。」
「むしろ良かったんじゃない?俺は智の隣にいられるの嬉しい。外だとだいたい向かい合ってるか少し離れてるし。」
「うん。・・・ありがと、潤。」
「切り替えろよー?」
歯をたくさん見せて瞳をキラキラさせる潤は、ふざけているようで僕を目一杯慰めている。
いつも天使のようにきれいな心で僕を包み込む。
ああ、幸せだなあって本気で思う。
「あ、昨日さ・・・んー、俺仕事で品川の方行ったのよ。」
「んー。」
急に潤の歯切れが悪くなって、僕は少し緊張する。
「あー、ごめん、別に大したことじゃなくて。翔があのカフェで仕事してんの見かけたってだけなんだけど。」
「あ、あー。」
「相変わらずあそこに入り浸ってんのかな。ふはは。」
「ふふ。そうかもね。翔ちゃんなら。」
「ふ。ごめん、言わなくてもよかったね。」
「ん?別に言ったってよかったよ。どっちでも。」
本当にどっちでも大丈夫だと思う。
僕には潤がいて、潤が誰よりも何よりも大切で。
それはもうこの一年でゆらぎないものになっている。
「智?」
「はいよ?」
「今日の話題にはどうかなって思うけど、俺気になっちゃってるから聞くね?」
「ふふ。うん。」
潤は僕の指に潤のそれを絡めて、しばらく僕を見つめる。
僕もそれに応えて潤を見て、先を促すように微笑んでみせた。
「今でも翔のこと考えたりしてんの?ってか、思い出したり、それ以上とか・・・?」
「んー、思い出すくらいは?考えたりとかってよりは、ふとした瞬間にフッと浮かぶくらい?」
嘘だった。
潤に嘘をつくなんて付き合い始めてから初めてかもしれない。
なんでも話して、なんでも相談して、意図的に隠すことや嘘で誤魔化すことはしてこなかった。
努力なしで、自然とそうだったのだ。
だけど、今はこの嘘が必要だと思った。
翔ちゃんをまだ好きだからとかじゃない。
ただ、思い出すだけというよりは、もう少し重かった。
「そか。ごめん、変なこと聞いて。」
「・・・それ、いつも気になってたの?」
「いや、昨日見かけてから。なんか久々に見た翔がカッコよくてさ。智が隣にいたらー、とか変なこと考えちゃったの。」
「ふふ。やめとけ。」
「うん。もうやめるけど。会ってないよね?」
「会ってないね。あっちの方行かないしなぁ。」
これは本当だった。
会おうと思ったこともない。
僕は本当に潤がいる現在がしあわせだから、それを変えるようなことをするつもりはない。
「・・・俺おかしいよね。昨日今日になって突然こんな不安になって。」
「不安?」
「正直ね。情けないなー。」
潤が目を伏せて、バサバサなまつ毛が影を作る。
僕はその風景が大好きだけど、辛そうな潤は見たくない。
「・・・潤、やっぱ今日しよ。」
「は?」
「足りてないんだよ、そういうスキンシップ。だからだろ。」
「そうかな・・・。」
「そうだろ。手だけ繋いでたってダメなんだよ。」
「ふはは。急に凛々しくなるじゃん。」
「惚れ直す?」
「うん。毎日ね。」
「ふふ。」
僕が潤の頬に手を伸ばしかけたとき、その手を取って潤が言う。
「でもいいよ。今日は本当にやめとこ。今日この後一度も痛くならなかったら、明日朝からしよ?」
「えー。上手く誘えたと思ったのに・・・。」
「ふはは。自分の腹だろー?」
「大丈夫だと思うんだけどなー。」
潤は元の笑顔で可笑しそうに笑っていて、僕は心底ホッとする。
僕が翔ちゃんのことを思うとき、潤を失うことなんて欠片も望んでいない。
僕は僕のした選択を、ちゃんと愛おしいと思っている。
心から。
(つづく)