ゆったりとちょうどいい日差しの中で、僕らは沈黙も怖がらずに電車に揺られていた。

 

あと2駅だけど、まだ降りたくないな。

このまま遠くまで行ってしまいたい。

 

 

ときたまフワッと鼻をくすぐる翔ちゃんの香りに目を閉じる。

 

この世に2人しか居ないみたいな、そんな気分に少しだけ浸る。

翔ちゃんとなら、どんなに大変でもやっていける気がする。

得体の知れないものからだって、僕が守ってみせるのに。

 

 

「あ!!」

 

「な、なに?」

 

翔ちゃんが急に大きな声を出して、翔ちゃんを相手に妄想しそうになっていた僕はとてもびっくりした。

 

 

「俺、智くんち行ったら見せてもらおうと思ってたのに忘れた!」

 

「なに?」

 

「絵。スケッチブック結構たまってるって言ってたじゃん?」

 

「あー、うん。おととい一冊終わったとこだから・・・7冊くらい?」

 

「俺が見てない分がでしょ?」

 

「3年になってからの分。」

 

「見てねーもん。なんなら2年の終わりから見てねーもん。」

 

「ふふふ。なにその顔。」

 

 

翔ちゃんがあまり見慣れない表情で僕を睨みつける。

威圧感のかけらもないけど、気持ちはなんとなく伝わってくる。

 

 

 

いつも翔ちゃんだけが見ていた。

僕が描くものに本当の興味を持ってせがんでくるのは翔ちゃんだけだから。

 

感想はいつも大体おなじなんだけど、翔ちゃんが褒めてくれるならいいって、僕は思っていた。

 

 

「また今度行ってもいい?」

 

「見るために?」

 

「んー。別にその後デートもしたって俺は嬉しいけど?」

 

「ふふ。何枚か翔ちゃんが好きそうなのの写真でも送ろうか?」

 

 

僕はどんどん縮まる距離が怖かったし、それを友情だと信じたままでいられなくなるのがもっと怖かった。

 

 

「やだよー。智くんの部屋で全部見たい。あー!引っ越しとかしなければなぁ。まじ思う。」

 

「ふふ。もう2年以上前。」

 

「そうなんだけどさー。」

 

 

翔ちゃんの家は高校に入ってすぐ、中学の学区内のマンションから今の高校を挟んで反対側に引っ越した。

もともと最寄り駅が違うくらいは離れてたけど、学区内なだけはあって、今ほどは遠くなかった。

 

お互いの家を行き来するほどではなかったにしろ、今よりはお互いが近い感覚があったのだ。

 

 

「まあ、あの家でも駅は違うけどさ。でもチャリだったら10分もかかんなかったもんね。」

 

「そうだね。朝とかきっと電車で会ってたよね。」

 

「俺智くんに言わなかったと思うけど、あのときものすごい反対したの。親と喧嘩しそうなくらい。」

 

「引っ越し?」

 

「今の場所。引っ越しは仕方ないって分かってたけど、あんなに遠くなくていいじゃんって。まあ、あんま聞いてくれなかったけどね。」

 

 

翔ちゃんはニコリと僕を見て笑う。

 

 

「ふふ。まあそうだろうね。」

 

「はは。けど、夢だわー。智くんと電車で待ち合わせて学校行くのとか。」

 

「ふふふ。夢とかおおげさだな。」

 

「夢だもん。」

 

「ふふ。そっか。」

 

 

「で?いつ行っていい?」

 

「ん?」

 

「絵。見に。」

 

「・・・翔ちゃんが忙しくないときに?」

 

 

根負けしたというかなんというか。

 

惚れた弱みとでもいうのかな。

 

 

好きな人が言う可愛いワガママを断る方法なんて、僕は持ち合わせていない。

 

 

「やった!じゃあ、今週の生徒会までには決めとく。ダメな日とかあったら教えて?」

 

「ない。俺には予定がない。」

 

「ははは。サイコー、完璧。」

 

「ふふふ。変なとこで褒めんな。」

 

「だって。」

 

「ふふふ。」

 

 

翔ちゃんの笑顔は本当に可愛い。

僕は多分、初めてこの笑顔を見たときから翔ちゃんが好きだ。

 

 

この歴史は、これからまだまだ続いていく。

 

 

おじいちゃんになって、寝たきりになったとして、僕はきっと翔ちゃんのことを思い出してはニコニコするんだ。

 

 

 

 

(つづく)