僕がどんなに泣いても、浅い呼吸にめまいを起しても、時間は止まってくれなかった。
未来に悲しい何かが待っているとき、時間は別に僕を癒やしてはくれない。
過去になれば違うのだろうか。
バカみたいに苦しいのに、逃げ道が見つからない。
でも見つかったとして、僕がそれを選ぶとも思えない。
気持ちは決まっているのだ。
ただその内容が大嫌いなだけで。
その金曜日はすぐに来た。
「翔ちゃん、具合い大丈夫なら今日飲みに行かない?知り合いの店が今日プレオープンなんだって。ただ酒よ?」
カズが僕のオフィスのドアからピョコリと顔をのぞかせて言う。
「ごーめん。今日は予定がある。」
「えー。誰かと会うなら一緒にどう?」
「悪い。また今度誘って?」
「そっか・・・。じゃあ、雅紀でも誘お。また明日ね、翔ちゃん。」
カズは「ただ酒は今日だけなのになぁ」とわざと大きな声でつぶやきながら自分のオフィスに帰っていく。
僕がカズの誘いをこんなふうに断るのも今日だけだし、今後は進んでカズを誘うことになるかもしれない。
退社まであと2時間。
待ち合わせまでは2時間半。
仕事に集中すれば時間が経つのが早すぎて、でも集中していないとどこか壊れてしまいそうだった。
ブブッ
机の端に置いてあるスマホが震える。
あの日以来、メッセージを見るのもなんだか怖くなってしまった。
智くんからはあの後数回、「翔ちゃんといつか観たい」とか「翔ちゃんとここで食べたい」とリンクを貼り付けたメッセージが送られてきた。
僕はその度に智くんに会いたくて、触れたくて、心臓がつぶれるかと思うくらいに苦しくて。
なんでただ「そうしよう」と返事ができないんだろう。
どうして僕は別れを選ぶんだろう。
会いたくて泣くのと、会えなくて泣くのではどちらが辛いんだろう。
智くんが僕のものではないのはどちらでも変わらない。
でも、手の届かない存在だと思う方が、諦めはつくような気がした。
智くんからの緊急連絡かもしれないと、ようやくスマホに手を伸ばした僕は、自分の手が震えていることに気づいた。
決心したとか言ってなんとなく強がってるけど、やっぱりすごく怖い。
メッセージは智くんからで、今夜のホテルの部屋番号が送られてきていただけだった。
ホテル・・・。
もしも別れが来るなら、最後の夜は特別なものにしたいといつも考えていた。
だけど、今夜はきっと違う。
僕のわがままに、智くんはきっと全力で応えようとしてくれる。
それでも、最後のお願いだけはきっと無理なのだ。
(つづく)