潤の誕生日だって、智くんの誕生日だって、クリスマスみたいなイベントの日だって、僕は智くんには会えない。
それは当たり前で、僕に不平不満を言う権利はない。
それ以前に、僕は僕で潤と智くんの関係を懸命に守ろうと努めているから、そういうつもりもない。
僕がその代わりだと思っている数日前後にずれたデートの日を、いつも目一杯楽しむことにしている。
だけどやっぱり潤の誕生日は、毎年智くんと潤のことを考えながら過ごす。
学生の頃は、もう終わってしまう夏休みを嘆いていた数日を、今は智くんが潤と過ごすであろうロマンチックな日を憂いながら過ごす。
なんの得にもならないことだけど、無理に他のことをしようとした無惨な経験から、心のままにいることを学んだのだ。
でも今年は少し違った。
「もしもし?」
『何よ、その迷惑そうな声は。』
「どしたの。」
『遊ぼうぜ。翔ちゃん今日どうせ暇でしょ?』
「カズほどじゃないよ。」
『ちょっと、俺に当たらないでくれる?』
「・・・スマン。」
カズのいつも通りの声のトーンが心地よかった。
トゲトゲしたかった気持ちが鎮まるのを感じる。
『いいよ。いや、さっき雅紀が急に来て。俺一人じゃ構いきれないから、翔ちゃん来てくれると助かるんだよね。』
『はぁ!?』と雅紀が抗議の声を上げるのが聞こえてくる。
「それは・・・カズも暇じゃないね。」
『そうなの。で、どう?』
「・・・分かった。30分くらいちょうだい?」
『迎えに行く。雅紀の車で海行くから。』
「海?なんで。」
『こういう時は海なのよ。』
「どういう時よ。」
『男3人で夏の終わりを過ごすとき。』
「ははははは!」
『もうあと10分くらいで着くからね。』
「はいはい。って、ずいぶん近いな!」
断らせる気ははじめから無かったようだ。
僕は急いで海仕様の服に着替えて2人を待った。
つばが大きなキャップも被った。
あとは財布とスマホがあればいい。
何か必要ならどこかで買えばいい。
「海か。」
後頭部に手のひらを当てて腕を持ち上げると、ソファに思いきりもたれかかる。
目を閉じて、ビーチにいるのを想像する。
横にはやっぱり智くんがいて、日差しを浴びてウットリと目を閉じている。
日に焼けて茶色くなった肌がツヤツヤと光って、唇は相変わらずふっくらと艶めいている。
「今頃何してんだろ。」
潤のワガママに愛おしそうに微笑む智くんが浮かぶ。
胸がチクリと痛む。
大袈裟に息を吸い込んで、肋骨が縮まるくらいに力強く吐く。
「ぃよっし。」
ピンポーン
僕が立ち上がるのとほぼ同時にチャイムが鳴る。
「早っ。10分?」
玄関に向かう途中リビングの時計を見ると、確かに10分くらいは経っていた。
智くんには時間を速める効果がある。
ピンポーン
「はいはい!」
「翔ちゃん久しぶり〜!」
ドアを開けると同時に飛び込んできた雅紀が僕をハグする。
力強い。
「ぐっ、元気だな!」
「言ったでしょ?」
「会いたかったの!」
「ははは。俺もだよ。」
雅紀のことなんて少しも考えてなかったけと、こうしてハグされると会いたかった気がしてきて。
「ちょっとおトイレ貸して。」
「おう。」
雅紀がトイレに駆け込んで、カズと僕は目を見合わせて笑った。
2人の存在がとてもありがたい日になりそうだった。
(つづく)