「ああ、うまい・・・。」
「でしょ?」
きいちゃんの淹れたコーヒーは本当に美味しくて、僕は全身の緊張を一気に解いた。
「えへへ。」
きいちゃんが照れ笑いをする。
「すっごい力抜けてる。」
翔ちゃんが僕の腕に軽く触れる。

ふと、翔ちゃんの腕の中に入り込みたい衝動にかられて、僕に一瞬だけ触れて離れていったその腕を見つめて固まってしまった。
翔ちゃんもきいちゃんも僕を見ているのは分かってたけど、なんだか動けなかった。
隣にいる翔ちゃんのことが、ものすごく恋しかった。


「智くん?」
翔ちゃんがもう一度僕に触れる。
今度は背中だった。
一瞬で手のひらのぬくもりが伝わる。
「ん。」
かろうじて一文字吐き出す。
「今度は硬いな。コーヒー美味すぎた?」
翔ちゃんの声が優しい。

「あ、ごめん、私ちょっとカレーの様子見てくるわ。」
きいちゃんが言って奥に入っていった。
気を使わせたのかもしれないと思ったら、余計に変な力が入ってしまう。
目玉は固まってないのにな。

「あっちで座る?」
翔ちゃんがソファのある窓際を指して言う。
「うん。」
僕が言うと、翔ちゃんが背中に当てた手はそのままで、反対の手で腕を支えて僕をバースツールから降りるのを手伝ってくれる。
翔ちゃんはそれ以上何も言わなくて。
僕は何か言わなくちゃと頭の中でぐるぐると言葉を回していた。
どれも声にはなりそうもなかった。

僕を窓側に座らせると、翔ちゃんは僕に体を向けて隣に座った。
「おかわり貰ってこようか。あっついやつ。」
なにもなかった様ないつも通りの話し方だった。
僕は翔ちゃんを見つめた。
翔ちゃんはニヤリと微笑んで、僕はほんの微かに微笑んで頷いた。
「オッケー。」
翔ちゃんは立ち上がるときいちゃんに大声で話しかけながらカウンターの中に入っていった。
「きい、智くんにあっついコーヒーおかわり!」



きいちゃんがちょうど淹れ直したコーヒーを持って翔ちゃんが戻ってきて、少し翔ちゃんなしで深呼吸をした僕はちゃんとお礼を言った。

「どういたしまして。あ、少し溶けた?」
「ふふ。」
「きいが私のせいかもって心配してたけど。」
「あ、まじ?」
「違うと思うって言っといたよ。」
「あ、良かった。ありがと。」
初対面なのに変な心配をさせてしまった。
あとでちゃんと取り戻さなくては。


「もしかして、俺がなんかした?」
突然翔ちゃんがあまりに普通の声で聞いて、僕は危うくまた固まりかけた。
「ん、ん?あ、いや、そんなことないけど。」
「そ?」
「ん。」
「ならいいけど。さっききいも言ってたけど、俺ずっとホントに智くんとここ来たくて。」
翔ちゃんは少し恥ずかしそうにちょっとだけうつむいた。
指を弄んでいる。
「そうなの?」
僕は翔ちゃんのその仕草にキュンとして。
「そうなの。」
「ふふふ。」

「やっと叶ったから、なんか舞い上がっちゃって。」
翔ちゃんの上目遣いのくりくりの瞳が本当に可愛くて更にトキメイて、僕は固まることすら忘れて心から微笑んだ。




(つづく)