旬は宣言通りに部屋を明け渡し、僕はその翌々日に引っ越しをした。
引っ越しには、旬のときと同じいつもの面々が集まり、屈強さの代わりにチームワークを発揮して、3時間ですべてを終わらせた。

「明日仕事中に手が震えそうだわ。」
「翔と旬はパッキングからだもんな。もう一日有給取れば良かったのに。」
「そうだよ。」
斗真が言い、智くんが同意した。
「取りたいのは山々だったんだよ。でも今ちょうどおっきいプロジェクトが山場でさー。」
「使い物になるのかよ。」
「なるよ。俺と一個下の後輩がリードしてんの。今日もそいつは残業よ?俺ばっかサボれねえよ。」
「サボってるようには見えないけど。今夜は何か美味しいもの作ってあげるね。」
智くんが穏やかな声でそう言って、単純な僕の疲れはもう半分ほども解消されていた。

「ありがと。」
ついつい笑顔がデレてしまう。
斗真がじっとりとした視線を僕に浴びせているのには気づいていた。
ただ、僕は無視を決め込んだ。
「智、翔には充分気をつけろよ。」
斗真が智くんの両肩を押して僕から遠ざけようとする。
「どういう意味?」
「そうだよ、どういう意味だよ。」
「お前はわかってるだろ。智は分からなくていいから、翔には気をつけるように。」
無駄に鋭い斗真を軽く睨みつけたものの、そう言われて初めて、智くんには護衛が何人もついているようなものだと思い至る。
大切にされている人なのだ。

「翔くんは大丈夫って斗真が言ったんでしょ?」
「うん。俺と旬が言ったね。」
「じゃあなんなの?」
「いや、まさか翔が・・・。」
「なに?」
「旬以上のハウスメイトになってやるよ。」
話の雲行きが怪しくなって来たと感じて、僕はそう宣言した。
「頼もしい。」
智くんはキラキラと瞳を輝かせて僕を見る。
反して、斗真は相変わらず警戒した表情で僕を見ていた。
「俺がなにするっての?」
「まあ、智はこう見えて強いからな。お前じゃ何も出来ないよ。」
「お前なんかムカつくな。真実だけにムカつくな。」
「ふふふ。仲良いな。」
僕らはやっぱり智くんのひとことで表情を緩めた。
智くんは平和の象徴みたいな存在なのだ。





「行ってきます。」
智くんのさばいた魚でみんなで手巻き寿司をした後、玄関で旬が智くんをギュッとハグしながら言った。
「いってらっしゃい。」
智くんもしっかりとハグを返しながら言った。
体は疲れているのに気持ちが爽やかで、僕らはみな微笑んでいた。
「智と翔がここにいたら、俺ら他のところで会う必要なくなるね。」
斗真も帰り支度を整えていた。
「次はちゃんと俺らも料理するからね。」
一度帰ってからまたやってきた潤も声を掛ける。
智くんは優しい微笑みをたたえて、ちょっと猫背で立っている。

「翔も麦茶以外の料理ひとつくらいできるようになれよ?」
旬がからかうように言う。
「うるせえ。俺が料理して喜ぶやつの顔が見たいわ。」
「俺は食べてみたい。」
智くんが言う。
「覚えます。智くん教えて?」
僕が速攻で態度を変えたのを3人がニヤニヤして見ている。
「いいよ。翔くんタコわさ好きだったから教えてあげる。」
「ありがと。あれって簡単?」
「うん。」
「スーパーでタコの買い方と本わさびの見つけ方から教えんだぞ。」
「そうだぜ。頑張れよ智。」
「俺を応援しろ。」
旬と斗真に抗議をして、ついでに黙ってニヤニヤしている潤も睨む。

「ふふ。なんで俺まで?」
潤が笑いながら言って、全員で少し笑った。

いい年をして、こうしてふざけたことを言い合える仲間がそばにいる。
智くんとのこれからも、きっと上手く行くと僕は確信していた。




(つづく)