「悪いけどちょっと端っこ寄って。」
私がソファに陣取って紅茶を飲んでいると、翔がやってきて言った。
「あ、うん。」
「ありがと。」
「珍しいね。」
「何が?」
「コーヒー飲むの、いつもあっちじゃん。」
私はダイニングテーブルを示した。

「なんか背中に力が入らないの。」
「大丈夫?」
「まあ、コーヒー飲んでから決める。」
「ふふ。変なの。具合悪いんじゃなければいいんだけど。」
「うん。」
「智は?」
「まだ寝てると思う。」
「ふうん。」

そんな会話の直後、智が部屋から出てきた。
すごく寝ぼけた顔をしてるし、寝癖も絶好調超だ。
「可愛い・・・。」
翔がつぶやくのが聞こえた。
共感しかない。

智は私の方に向かってきて言った。
「そっち寄って。」
私に翔の方へ寄れと言ってくる。
「え?でも翔がこっちにいるの見えてる?」
「ん。寄って。」
「あ、はい。」
喧嘩でもしたのかと翔を見たけど、翔は肩を軽く持ち上げて見せただけだった。


私は何故か、寝ぼけた2人の間で紅茶を飲む羽目になった。
ゆったりと寄りかかるのも変な気がして、お尻を半分前に出して座った。
「智くん、コーヒー飲む?」
翔が私の後ろで智に聞く。
「うん。」
「了解。」
翔はさっと立ち上がってキッチンに向かった。
さっきまでのダルさは消えてしまったのだろうか。


淹れたてのコーヒーをすぐに用意して、翔は戻ってきた。
当然のように、私を挟んで智くんの反対側に座る。
「え、こっちに座らない?」
私は腰を浮かせて聞いた。
「大丈夫。はい、智くん。」
「ありがと。」
私の後ろでコーヒーが手渡される。
一瞬、ダイニングに移動しようかとも考えた。
でもなんとなく面白かったので、私はそのまま2人の間に座り続けた。


「昨日遅かったよね。」
「ん。」
「無事に終わったの?」
「終わった。」
「お疲れ様。」
「ありがと。翔ちゃんは?」
「俺もだいたい書き終わったから、あとは細かい調整だけ。」
「おつかれさま。」
「ありがとう。」

「今朝なんか背骨抜いたみたいになっちゃってさ。」
「立ってられない・・・。」
「はははは!そう、それだったの。」
「大丈夫?」
「智くんが来たら治った。」
「ふふ。奇跡だね。」
「奇跡。」
私の後ろで話さないで、いつもみたいに寄り添って座ればいいのに。


2人の思いやりに溢れた会話を浴びたせいか、なんだか背中が痒くなってしまった。
私は無言で背中に手を回して、届いた指先で軽くかゆい部分をこすった。
でも、いまいち力が入らなくて痒みは拡がったように思えた。
「痒いの?」
更に頑張って掻こうとすると、翔が私の手をどかして掻いてくれる。
「ここであってる?」
「もちょっと左も。」
「ああ、そっちは智くんのエリア。」

「ん。」
智が手を伸ばして翔の掻いているところの隣の辺りを掻き始める。
「贅沢な孫の手〜。」
私は嬉しく気持ちよくてそう言った。
直後、ふと2人の手の動きが止まった。
「・・・・?あ、ありがとう。気持ちよかった。治った。」
でも、2人分の手がまだ私の背中に触れている。
「ふふ。」
「へへ。」

「・・・・。え!?もしかして、今手つないでる?」
「ふふふ。」
「バレたか。」
「何それ〜?」
私はソファから下りて2人を振り向いた。
もう手はつないでいなかったけど、甘い笑顔で見つめ合っている。
「びっくりだよ。」
自分の背中でそんなことが起きるとは。

「ドキドキしちゃった。」
智が照れながら言う。
「俺も。」
翔もとろけそうになっている。
手なんていつでもつないでるのに。
「触ってたらつなぎたくなっちゃった。」
「そう。俺も。」

「また背中貸してね。」
「よろしく。」
2人でそんなことを言っている。
「断る。」
私はなんとなくそう言った。
「けちんぼ。」
智が唇を尖らせる。
「いいよ。内緒でやるから。ねー、智くん。」

「なんか新しい思い出作っちゃった感じ。」
「分かる。」
「まだまだ新鮮。」
「おっしゃる通り。大好きだよ智くん。」
「大好きだよ、翔ちゃん。」


「・・・分かったよ。2人が新鮮に愛し合うために私の背中が使いたいなら、またいつでもどうぞ。」
「お、分かってくれたか。」
「感謝です。」
翔が無駄にかっこいい声を出す。
「ありがと。」
「お安い御用だよ。でも、次は背中なでなでして。」
「いいよ。」
智が優しい声で応える。

「巨大なうさぎだと思えばいいな。」
「ふふふ。それだな。」


なんで私が巨大うさぎ扱いされるのかは謎だけど、私は自分を2人の応援団長だと思っているから、ドキドキキュンキュンするための手助けならいくらでもする。
あんなに甘く見つめ合う2人が、このままずっとそばにいられますように。

相変わらずソファでダラダラな2人を見て、私は静かに祈った。


(Episode 9 おわり)