「どう?少しは元気になった?」
声がして振り向くと、ちょっとだけ首を傾げて聖母ような微笑みをたたえた翔くんが立っていた。
「あ、お疲れ。」
「智くん、ちょっと元気なかったから。これ持ってきた。」
茶色くて細い、3センチくらいの瓶だった。
「なあに?」
「グレープフルーツのエッセンシャルオイル。元気が出るっていうから。」
「へえ・・・」

「貸して。」
翔くんは渡されたばかりの小瓶を俺の手から奪うと、蓋を開けて鼻を近づけている。
「あー。俺これ好きかもー。ほら。」
差し出されて、受け取って匂いを嗅いだ。
少し苦いような、正にグレープフルーツの香りがした。
「あ。なるほど。」
「それ智くんがつけてたら、俺フラフラ近寄ってっちゃうかもー。」
無邪気な声を出す翔くんが可愛らしい。

「うふふ。ハチか。」
また思わせぶりなことを言って。
「つけてみて。」
「どこにつければいいの?」
「腕とか耳の下とかでいいんじゃないの?」
「ふーん。」
俺はほんの少し手首に出すと、両腕をこすり合わせてそのまま耳の下にも擦り込んだ。

確かになんとなく明るい気持ちになるような気がした。
「ありがと。」
「うん。」
翔くんがなんとも嬉しそうな顔をするので、俺は一気に幸せになった。
「翔くんもつける?」
「俺は智くんについてるやつがあるからいい。」
「え?そんなに強い?」
つけ過ぎたかと焦ったけど、そうではなかった。

「ううん。たまにクンクンしに来るから。」
「は?俺はお前のなんなんだ。」
「ふははははは!確かに!」
「・・・・」
変顔攻撃をしてやった。
翔くんはあまりにも酷い。
これじゃあ生殺しだ。
まるで俺の気持ちを分かった上でからかっているみたいじゃないか。

「はははははは!」
翔くんが笑い続けていたせいで、興味を持った松潤がハットを脱ぎながら隣に座った。
「何してんすか?」
「聞いてくれよ。翔くんが俺をお花扱いしやがって。」
「彼女の間違いじゃないの?」
「はあ?お前も早速あっち行け。」
「ふはははは。なに怒ってんのよ。」
「・・・・」
松潤にも変顔攻撃を仕掛けようとした。

「お?リーダーいい匂いする。いつもと違うね。ちょっと、動くな。」
「な・・・」
松潤が耳の後ろに鼻を押し付けるようにして匂いを嗅ぐ。
「近っ。」
翔くんが言う。
「まじで近えよ。」
俺も言ったけど、松潤はスーハースーハー鼻で息をし続けている。

「おい、これ貸してやるから離れろ。」
俺は翔くんからもらった小瓶を持ち上げた。
ようやく離れた松潤が小瓶を手に取る。
「なんすか?」
「グレープフルーツのだって。」
「グレープフルーツのなに?」
「エッセンシャルオイル。」
翔くんが代わりに答える。

「翔さんがあげたの?」
「くれた。」
「なんで?」
松潤が翔くんを見る。
「智くんが元気なかったから。」
「ふーん。でも俺は普段のリーダーの匂いのほうが好きかな。」
「どーでも、いー。」
翔くんが言って、2人で笑い合っている。

「で?ちゃんと元気は出たのか?」
松潤が俺の肩に手を置いて聞く。
「まあまあ。」
「ふふ。あんまり彼氏に心配かけんなよ?」
「ふははははは。」
翔くんが笑う。
否定しないのは何故なんだ。
手を伸したら当たり前のように繋いでくれるんじゃないかと思ってしまう。
いや実際、繋ぐんだろうな。


・・・分かってる。
こんな日々をただ楽しむって手もある。
愛されているような錯覚をしながら。
だけど、そんな夢が覚めてしまうときが来たら?
俺はそんなときでも平気な顔をしていられるだろうか。
分かっていたよと、諦めることが出来るだろうか。




(つづく)