他の誰かを想いながら一緒にいるのでもいいと言った相葉くんの言葉を、どんな気持ちで聞いていたかと聞かれると、答えに窮する。

正直、びっくりした。

気づいていたのか、舞から聞いていたのか、始めからずっとそう思いながら私に接してきていたのか。

疑問がたくさん浮かんだのと同時に、受け入れてくれていることへの感謝、それに勝手なことを言う相葉くんへの怒りもほんの少しあった。

だけど、それはみんなあの時のことを思い出してみたときに浮かぶ感情でもあって、あの瞬間はどうだったのか、よくわからない。

 

「出会ったばかりだってことも、ちゃんとお互いを知らないってことも、全部ひっくるめても、俺はこのまま進んで行きたい。」

 

それは、相葉くんの心からの告白だった。

早急過ぎると思った。

もう少しだけゆっくりとしていたかった。

相葉くんも、そこは謝っていた。

「帰り際にまた会ってくれるか聞くつもりだったのに、我慢できなくてごめん。」

だけど、はぐらかしたりせずにきちんと聞けたのは、それまでの相葉くんの態度が全てとても誠実なものだと感じていたからだったと思う。

 

私はやっぱり決められなかった。

「やっぱりもう少しゆっくり考えたいの。」

相葉くんは、相葉くんらしい笑顔に戻って言ってくれた。

「もちろんだよ!俺が言いたくなっちゃっただけで、急いで返事をくれなんて思ってないから。」

 

残りの時間も、相葉くんは何も変わらなくて、相変わらず私を大切に扱ってくれたし、明るくて爽やかで心地よかった。

舞は約束に反して俊介くんと2人ですぐにどこかに消えて、私はフラフラと歩き回って、相葉くんはたまにふと隣に現れていろんな話をした。

 

海での私はきっと扱いづらかったと思う。

波が押し寄せてくることも、そばでカップルが寄り添って座っていることも、全部が彼との想い出そのもので辛かったから。

だけど、相葉くんはちょうどいい距離を保って、私の気持ちを救ってくれた。

それは、この人となら寄り添ってもいいかもと思わせるには充分なほどの優しさだった。

 

「ハナちゃん、はいこれ。」

相葉くんが私の手の平に乗せてくれたのは、小さな尖った貝だった。

「可愛い。」

「なんかハナちゃんのイメージだった。」

「とんがり?」

「ふはは。違う違うっ。小さいところとかかなー。」

小さいなんて言われたことなかったけど、相葉くんに言われたらそうなのかもと思えるから不思議だった。

私はその貝をしばらく手に握っていた。

そんなはずはないのに、なんとなく温かい気がした。


 

海辺の街で食事を済ませて、私たちは帰途についた。

約束通りに帰りの運転は俊介くんがして、助手席には舞が座った。

2人はまだまだテンションが高いままで、話すことも尽きないようだった。

相葉くんと私は2人の会話を聞きながらゆったりとしていたけれど、私はもう帰り際に相葉くんに言うべきことを考え始めていた。

 

「ハナちゃん。」

身体を寄せて内緒ばなしのように相葉くんが話しかけてくる。

私は、振り向いて声を出さずに目で聞こえていることを知らせた。

「嫌ならいいんだけど・・・」

微笑んで頷く。

「1,2分手を繋いでもいいかな。」

「え・・・」

「あ、嫌なら本当にいいんだけど。」

「・・・・」

 

そんなに深く考えなくてもよかったのかも知れない。

相葉くんはただ、ちょっと触れていたい程度に言っていたのだろうと思う。

それは分かっていたけど、どうしても簡単には行かなかった。

だって、手は私にとってとても特別で、手の平からは体温だけじゃないいろいろなものが伝わると思っていて、彼と手を繋ぐのが大好きだったから。

断るのは心が痛いけど。

 

「ごめん、ごめん。またやっちゃった。もう忘れて。」

私が口を開く前に、相葉くんは今日何度目かの申し訳ない笑顔を見せた。

「もうすぐバイバイかと思ったらなんか焦っちゃった。いつか別の日に。」

いつか別の日と聞いて、ごく自然に、その日がすぐに来るといいなと私は思った。

そんな自分にとても驚いた。

驚いたけど、否定するつもりはもうなくて、バイバイするときに「またね」って言おうと決めた。


 

朝と同じように、駅の近くのコンビニの駐車場に入った。

4人とも車から降りて身体を伸した。

日が落ちて、空気がとても冷たくなっていた。

「俊介くん運転ありがとう。」

舞は着いてすぐに言っていたので、私もお礼を言った。

「お疲れちゃん。」

相葉くんはみんなに向かってそう言った。

 

私はドキドキしていて、相葉くんの目を見られずにいた。

答えは決まっていたけれど、上手く言えるかどうかが心配だった。

付き合うかもしれない相手と、ちゃんと向き合うのなんて8年以上ぶりだから。

 

「俺は舞ちゃん送って行くから、ここで。」

俊介くんが言う。

「送ってくか?」

相葉くんが舞と俊介くんに聞く。

「ううん。ずっと座ってたから少し足動かしたいの。」

舞が答えた。

「オッケー。じゃあまたね。」

「舞、また連絡して。」

「了解。気をつけて帰ってね、ハナ。」

「うん。ありがと。」

「ハナちゃん、楽しかったからまた一緒にどこか行こうね。」

俊介くんがニコニコ顔で言う。

私も笑顔で俊介くんに頷いた。

 

「ハナちゃん、嫌じゃなければ家まで送ってくよ。歩いてでも、車でも。」

舞と俊介くんが行ってしまうのを見送ってから相葉くんが言う。

「ううん。大丈夫。ずっと明るい道だから。ありがと。」

「そっか。残念。」

とてもがっかりした声を出すので、思わず瞳を見つめた。

もう一度言われたらお願いするかもしれないと思った。

 

「じゃあ・・・。」

「うん。お疲れ様。」

「お疲れ様。」

「楽しかった。本当に。」

相葉くんが弾けるような笑顔を見せた。

「良かった〜。」

身体をひねって頭をガシガシ掻いている。

ドキドキした。

 

「あの、さ、じゃあ、次はいつにしようか。」

笑顔だけど、少しこわばった表情で相葉くんが言う。

私も身体が固くなっている感覚があった。

寒いからだけじゃない。

「えっと・・・」

「あ、待って!ちょっと待ってね。」

相葉くんはクルリと後ろを向いて、そのまま大きく深呼吸をしている。

「さっきは何回断ってもいいよとか言ったけど、やっぱりちょっと凹むから覚悟がいるな。」

背中を向けたまま言う。

 

私もこっそり深呼吸をした。

顔を見て言いたいと思って、相葉くんの正面にまわり込んで見上げた。

「お休みならいつでも取れるけど、週末はだいたい空いてるし、夜も残業はあまりしないから。誘ってくれればいつでも大丈夫。」

相葉くんは「あ」の形で口を開けたままで止まっている。

「相葉くん。」

「ん。あ、はいっ。」

「私もちゃんと、また会いたいと思ったから。」

 

相葉くんは大きな手で顔を隠して変な声を出している。

私はそれを可愛いなあと思いながら、ちゃんと言えた自分を誇りに思っていた。

自分のことをまた好きになりたい。

ここから始めるために、過去にはサヨナラをする。

一歩踏み出せた気がした。

 

「ハナちゃんっ。」

私は微笑むことで応えた。

「嬉しすぎてよく分からない。でも初デートではまず手を繋ぎたい。」

「手?」

「うん。手を繋ぐとさ、こう、何ていうのかな、俺はすごく特別な気持ちになるんだよね。」

「特別・・・」

「分かる?手の平の気持ちって言うか、そういうのがある気がして。あ、こんなの変だよね。」

私には良くわかったけど、まだ言わなかった。

 

「じゃあ、お散歩かな。」

手を繋ぐならゆっくりと歩きたかった。

そして私には相葉くんと手を繋いで散歩する自分の姿が想像できた。

彼じゃなく、相葉くんだった。

「楽しみにしてるね。」

「あ、じゃあ明日がいいか。明日にしよう?もう今すぐにでもまた会いたいから。」

私は思わず吹き出してしまった。

相葉くんは我に返ったように一瞬止まって、自分も大きく吹き出した。


 

(つづく)