駅前に戻ったらもう舞と俊介くんが待っていた。

俊介くんは運転席のところに走ってきて、窓を開けた相葉くんの頭をくしゃくしゃとなでた。

「お前なんだよー、だから迎えに来てくれなかったのかー。」

相葉くんは、両腕でそれに抵抗しながら

「うるせえ、寝坊したやつを迎えになんて行くかっ。」

とはしゃいだ声を出した。

舞はそれを見て大きな声で笑い、私は(ああ、そうかお迎えに行こうと思えば行けたんだ)なんて呑気に思っていた。

 

私は席を移動しようとしたけど、3人共がそれを止めたので、助手席にとどまることにした。

「俺が隣に座るといろいろさせられるから面倒なんだよ。」

と俊介くんは言った。

「運転してる人にいろいろしてあげるのは当然だろうよっ。」

と相葉くんは言い訳のように言った。

「あ、でもハナちゃんはゆっくり座っててね。」

「とか言って、どうせ途中でガムとかあーんしてもらうつもりだろ。」

「バッカ、ふざけんな。今すぐ降りろ。」

 

2人が楽しそうで、舞と私は顔を見合わせた。

私が微笑っているのが嬉しいとでも言うように、舞はウィンクをした。

私も素直にそれに応えて小さく頷いた。

相葉くんと2人きりで過ごした数十分の間で、今日から少しずつ彼にサヨナラしていこうと決心した。

そのプロセスに相葉くんがどう関わってくるのかは、まだ分からないけれど。


 

1時間ほど走って、サービスエリアで休憩をした。

舞と私はトイレの列に並び、早々に終わった男性陣は飲み物を買いに売店へ向かった。

「ハナ、相葉くんと何かあったの?」

「え?なにも無いけど。なんで?」

「なんか、すごく穏やかな顔してるなあって思って。」

「・・・・」

自分でもなんとなく気づいてはいた変化だったけど、舞にもそう見えていたとは思わなかった。

 

「なにも無かったの?」

「うん。ただ桜を見に行っただけ。」

「桜?」

「そう、道端の桜を見に行ったの。」

舞は私の顔をまじまじと見つめて言った。

「桜のおかげ・・・ではなさそうだけどね。」

私はただ舞の顔を見つめ返していた。

「思いのほか相葉くんと相性がいいのかもね。」

舞はそう言って嬉しそうに微笑った。

私は、そう言われても嫌じゃないのが素直に嬉しかった。


 

相葉くんと俊介くんが買ってきてくれた飲み物と軽食をパーキングエリアのベンチで消費してから、もう1時間ほどかけて目的地に着いた。

車を降りたところは、下っていけば海へ、登っていけば丘の上に花畑があるという駐車場だった。

「相葉くん、おつかれ〜!」

舞が大きく伸びをする。

「帰りは俺が運転するからな。」

俊介くんも伸びをしながら言う。

彼と別れてから、こんなに健康的なところに来たのは初めてだった。

 

懐かしい磯の香りに、息が苦しくなった。

彼とはよく海に行った。

波と遊んだり、防波堤で釣りをしたりした。

2人で用意したお弁当を持って、一日中過ごした。

夏は2人でよく日焼けした。

冬はたくさん着込んでも寒いのに、砂浜でくっついてしばらく海を眺めた。

潮風でバリバリになった髪を笑い合って、帰宅後は2人でお風呂で洗いあった。

 

まだ離れたところに見える波の輝きがチカチカと揺れるから、思い出の中に迷い込みそうになる。

3人があげる明るい声が遠くに聞こえて、まるで一人になってしまったような気がした。

首元が寒くて、肩をすくめる。

 

「ハナちゃん、はい。」

相葉くんの声が真横に聞こえて、肩がそっとブランケットで包まれた。

そのまま相葉くんの手の平は私の背中に添えられている。

振り向くと、相葉くんは海の方を見つめていて、波のキラキラが瞳に映り込んでいるように見えた。

「ありがとう、相葉くん。」

「どういたしまして。」

私を見ないままで、静かな落ち着いた声で応えてくれる。

 

「少しはあったかくなったでしょ?」

タイミングが奇跡的で、私はそれだけでもう相葉くんに感謝していた。

背中に感じる相葉くんの体温も、なんてさり気なくて気持ちいいんだろう。

彼との思い出が、彼への気持ちが、抗えないスピードで私を襲うのに、今日はことごとく相葉くんが追い払ってくれていることに気づく。

 

がんじがらめになっていた私に送られた天使なのかもしれないという思いが、チラッと頭をかすめた。

でも私に好意をもってくれている人を、忘れられない恋との決別の道具にするのは酷い。

相葉くんに恋でもしない限り、もう会わないほうがいいかもしれない。

とても優しい人だと分かったから、傷つけるようなことはしたくない。

 

「今度は2人で来たいな。」

ほんのちょっと屈んで、相葉くんが私を覗き込む。

無邪気な笑顔が愛らしい。

「なんちゃって。まだ早いよね。ごめんね。忘れていいから。」

慌てて取り消そうと手をパタパタ振る仕草と、口元に大きなシワを寄せた笑顔が、私の気持ちを動かしてしまった。

「もっと暖かくなったらがいいな。」

そんなことを言うつもりは全くなかったのに。

 

「え?!」

すごく大きな声で相葉くんが叫ぶので、舞と俊介くんがなんだなんだとこちらへ来てしまった。

「どしたのよ。」

「なに?何か見えたの?」

2人は海の方を何かを探すように見渡している。

「あ、いや。ごめん。見間違いだわ。」

相葉くんが誤魔化して、2人を脇に追いやる。

私は自分の言葉に驚いて動けなくなっていて、視線だけで3人のやり取りを見ていた。

 

舞と俊介くんが車のボンネットに寄りかかって海の方を指差したり笑いあったりしているのを確認してから、相葉くんがまた私を覗き込む。

「ハナちゃん・・・?」

「・・・・」

「さっきのは・・・」

私は本当にまた相葉くんに会いたいのかどうかを自問自答していた。

会いたい気もするし、そんなに簡単に進めないし進みたくないとも感じていた。

 

だけど、この関係がどこに向かうのかを知りたかった。

相葉くんは彼とはぜんぜん違う。

彼の代わりにはならないし、したくない。

相葉くんの瞳をじっと見つめてみた。

相葉くんは照れたり反らしたりしないで私を見つめ返してくれた。

 

「別れ際にもう一度言ってくれる?」

もう少し時間を貰おうと思ったからそう言ってみた。

「了解。」

真顔で言ってからふっと笑顔になった相葉くんは、私の頭をポンポンしながら言った。

「何度でも言わせてもらうから、何度断ってもいいよ。」


 

(つづく)