「おはよっ!」

舞よりも先に相葉くんが歩いて到着した。

車は、少し離れたコンビニの駐車場に置いてきたと言う。

俊介くんが一緒だと思ったのにいなかった。

私は一瞬舞を呪った。

(2人きりにしないって言ったくせに・・・)

「ハナちゃんが一番乗りかー。寒くない?車乗って待ってる?」

罪のないニコニコの笑顔で言われて、反射的に微笑んだ。

「ううん。大丈夫。ありがとう。」

 

「俊介さ、昨日舞ちゃんとこに泊まったらしくて。」

「えっ?」

「あれ?聞いてなかった?」

「あ、ううん。」

「だから今朝は一緒に来るはずだけど、遅いね。」

そんなことをいいながら相葉くんは爽やかに微笑っている。

鎖骨が見えるくらい襟元の開いたシャツにジャケット、少しゆったり目の紺色のパンツが似合っていた。

舞はきっと今日一日俊介くんとイチャイチャするだろうと思ったけど、相葉くんと2人きりだということはもう気にならなかった。

自然体な気持ちのいい人だなとピョコピョコ動き回る姿を見つめた。

 

「今日はありがとうね。」

くるりと振り向いて相葉くんが言う。

「え?」

「あ、今言うことでもないか。」

「ふふ。」

「でも、嬉しかったんだよね。返事来なかった時は嫌われてると思ってたからさ。」

「あ、あれはごめんなさい。」

「あー、いいのいいの、そういうつもりじゃなくて。今日は嬉しいって話だから。」

そう言うと相葉くんは、

「あ、俺ちょっと駅の向こう側見てくるよ。」

と駅の階段に向かって走っていってしまった。

 

階段を一段抜かしで駆け上がる相葉くんの後ろ姿を見ながら、よくここで別れて見送った彼の背中を思い出していた。

少し猫背なのに軽々と登っていく足元をいつも催眠術でもかけられたように見つめていた。

途中で振り向いて私を呼ぶ声にふと我に帰ると、眉まで下げて楽しそうに微笑っていて、私の心もピコピコ跳ねたっけ。

 

気づいたら、私は一人で微笑んでいた。

心が暖かくオレンジ色になった気がして、びっくりした。

悲しくない・・・。

悲しくなくて、泣きそうになった。

涙が零れないように上を向いたら、あまりにキレイな青空で余計に泣きたくなった。


 

相葉くんは数分で戻ってきた。

私はハンカチでそっと涙を拭った後で少し視界がぼやけていたせいで、相葉くんを彼の姿と重ねてしまった。

胸がズキンと痛んで、今度こそ悲しくなりかけた。

「ハナちゃん、あいつら今家出て歩き出したって言うから少しドライブしようか。」

「え・・・」

「まじであいつ絶対寝坊するなって昨日言ってやったのにさー。来たらお仕置きだろ。もう今日ご飯全部あいつのおごりだろっ。」

全然怒りを感じない表情でまくし立てるので、私は可笑しくなってしまった。

 

「ん?ハナちゃん、俺は怒っているんだけどな。」

「ふふふ・・・ごめんなさい。でも、怒ってないよね?」

「は?怒ってるさー。だってハナちゃんが寒いだろうがよ。」

「はは。だから大丈夫ですって。」

「そう?本当に?俺のジャケットでよければ貸すからね?」

「うん。ありがとう。」

相葉くんはちょっとの間だけ微笑む私を見つめていたけど、気を取り直したように言った。

「よしっ、ドライブしよ。さっき桜がきれいなところあったから。」

 

相葉くんがコンビニの方向に歩き出したので、少し戸惑いながらも後ろをついて行った。

私より10センチは背が高そうな広い背中。

彼とはほとんど身長が変わらなかった。

見る景色が同じだと私たちは喜んでいた。

彼なら、寒そうな私になんて言ったんだっけ・・・ふとそう思いかけて、慌てて自分を制した。


 

「助手席が嫌だったら後ろでもいいけど・・・。」

そう言いながら相葉くんは助手席のドアを開けてくれた。

ワンコのような瞳でチラッと私を見る。

「でも桜がよく見えないかもよっ。」

クルッといたずらっぽい笑顔に変わって、手のひらで私を助手席へと促す。

「じゃ、舞たちが来るまで。」

そう言って私は助手席に乗り込んだ。

 

「閉めまーす。」

相葉くんがドアを閉めてくれて、小走りで車の前を通ると運転席に乗り込んできた。

「ハナちゃん、ベルトはマストでお願いします。」

「あ、はい。してます。」

「はやっ。」

「ふふ。安全運転でお願いします。」

「了解っ。」

真面目顔になった相葉くんが車を動かす。

 

私は男の人の運転する車の助手席が初めてだった。

彼は「絶対事故るもん」と免許を取ろうとしなかったから、遠出するときはもう免許を持っていた私の運転で出かけたのだ。

どちらかというと無口な彼が、助手席では割りとよく喋ってくれた。

多分私を退屈させないためで、少しだけ無理をしていたと思う。

聞いたこともない話が出てくるのはそんな時が多かった。

 

「あ、ほらあそこ。もうすぐ満開だね〜。」

相葉くんの声で思い出から抜け出した私は、指差された方を見た。

たくさん集まって初めてピンク色だと分かるくらいのほのかな色が、目に優しく飛び込んでくる。

「わぁ・・・」

「きれいだね〜。」

「ここは歩いたことなかったな・・・」

「本当?じゃ、来てよかったね。」

「うん。」

 

相葉くんは路肩に車を寄せると、窓を開けてくれて、

「少し歩く?」

と優しく聞いてきて、私はちょっと首を傾げて桜の木を見上げながら、

「うん。歩きたい。」

と答えた。

桜の木の下を、彼ともたくさん歩いた。

頭に乗った花びらを、後で取り合うのが楽しかった。

 

車から降りて見上げたら、小さなため息がこぼれた。

ここに彼といたかった。

また2人で「きれいだね」って微笑み合いたかった。

「あぁ、桜って不思議だね。」

私の半歩ほど後ろに立っている相葉くんが静かに言う。

「年に一回、短い間しか咲かないのに、こんなに心に残るんだから、すごいよね。」

本当にすごい。

いくらでも彼と見上げた桜の記憶が出てきそうで、怖くなった私は車に乗り込んだ。

 

相葉くんは何も言わずにゆっくりと運転席に戻ってきて、呼吸を整えるように深呼吸を一回してからエンジンをかけた。

申し訳なくて、そっと相葉くんの横顔を伺うと、びっくりするほど穏やかに微笑んでいた。

許されたように感じた私はやっぱり泣きそうになって、もう一度窓の外の桜を見上げた。

今日の桜を、いつか思い出す日がくればいいなと思った。


 

(つづく)